「今までにない、新しい桃のレシピを」とメトロミニッツがリクエスト(無茶振りとも言う)した相手は、SNSで人気上昇中の料理家・今井真実さん。ごくふつうの食材を使いながら、ひと工夫で驚くほどおいしい「新しい家庭料理」を生み出す名人です。その今井さんをリーダーにチーム「新しい桃の料理を食べる隊」を結成。桃と相性のよい食材を求めて西日本最大の桃の生産地・和歌山県へ、旬真っ盛りの桃の町を旅します。
食の作り手たちに刺激される、桃レシピ探求の旅
桃のエル・ドラドは、
意外にも(?)和歌山に在り
「クリームチーズを浸した和歌山県産の金柑のソースは、梅酒と白味噌が隠し味。パッションフルーツと食用ホオズキのトロピカルなほうは、ピンクペッパーや和歌山に自生する肉桂(にっき)がアクセントです。スパイスを使うと、フルーツの上品な酸味と華やかさに、奥行きが生まれるんですよ」
こう話すのは和歌山一、いや日本一の「チーズ・フリーク」かもしれない宮本喜臣(よしとみ)さん。今回、私たち「桃食べ隊(略称)」の和歌山旅を導いてくれた恩人だ。
ことの発端は「今までにない、新しい桃のレシピを」という無茶振りを快諾してくれた料理家・今井真実さんの「桃はチーズやオリーブオイル、スパイスなんかを合わせたら面白そう」の一言。
そんな都合のいい地域がある訳が・・・と頭を抱えるも、あったよ、奇跡的に。まさかの和歌山に。という訳で今、私たちは西日本最大(つまり岡山県よりも!)の桃の産地、和歌山県紀の川市にいる。
ブランド桃のふる里で出会った
当たり前を惜しまない情熱
梅雨の晴れ間がのぞく6月、紀の川市の国道を車で行けば、沿道に桃の看板、桃のオブジェ、そしてにぎわう桃の直売所と…、桃、桃、桃のラッシュだ。その名も桃山町(旧安楽川〈あらかわ〉村)は、桃栽培に適した温暖な気候と水はけがよい砂れきの地質に恵まれ、この地で育つ「あら川の桃」は、関西では著名パティシエも贔屓にしているトップブランド。桃栽培の歴史も古く、日本で栽培が盛んになったのが明治時代以降であるのに対して元禄年間にさかのぼるそうで、桃の花が一斉に咲く春先は桃源郷のようだという。
冒頭の宮本さんが「熱心な若手生産者」と紹介してくれた、小坂隆介(たかゆき)さんを訪ねる。6月中旬から8月中旬にかけて8品種を順繰りに収穫していくという農園の出荷場には日川白鳳(ひかわはくほう)や昂紀(こうき)といった桃が並び、漂う甘い香りに今井さんもニッコニコ。
畑を案内してもらう途中、小坂さんが「たぶん、これ、おいしいよ」と、木からもいだ桃を私たちの手の上へ。かじると、ジュワっと果汁が滴り落ちる。香りが上品で、やわらかくて、甘くて濃厚で。笑っちゃうほどおいしい。
これでどのくらいの糖度かと尋ねたら、「ただ糖度が高ければいいって訳じゃないんです。甘みに香りや食感が合わさることで、バランスのいいおいしい桃になるんだと思います」と返ってきたのが、印象的だった。
「桃栗三年柿八年」ということわざがあるが、おいしい桃が収穫できるまで5~6年、立派な成木になるまで10年はかかる。しかも、その樹はデリケートで弱りやすい。冬、枝の剪定に始まって、春には花や蕾の、初夏には幼い実の間引き(摘果)を繰り返し、品種によっては受粉作業。遮光と害虫防止の袋がけと、その袋を外す作業もある。
「ようやく収穫できるのは、夏の間だけ。年に一度しか会えないから、飽きることはないですね」。おいしさの秘密を聞き出そうとしても、普通のことしかしてないですよ、と謙遜するが、当たり前のことのように手間暇を惜しまないのだ。
小坂農園
TEL&FAX.0736-66-3220
MAIL/ akinosora_23@icloud.com
住所/和歌山県紀の川市桃山町調月701
※購入はメールまたはFAX、電話でお申し込みを
食材と食材のケミストリーを
唯一無二のチーズ職人に教わる
農園を後にして、桃山町にあるナチュラルチーズ専門店『コパン・ドゥ・フロマージュ』へ。先ほどの宮本さんのお店だ。ハーブや酒など別の素材をチーズに組み合わせて、新たな味わいを生み出す職人、「チーズ洗練士」を日本で唯一名乗る宮本さんは、探求心が高じてイタリアに渡り、チーズ洗練士の第一人者に師事したという経歴の持ち主。
妻の智子さんとともに切り盛りする店内には専用のカーヴ(熟成庫)があって、和歌山産の梅酒に漬け込んだブルーチーズや、湯浅醤油のもろみで風味づけしたカマンベールの燻製、赤山椒(真っ赤になるまで樹上で完熟させた、辛みが穏やかな山椒)で風味づけしたパルミジャーノなどが並ぶ。
チーズを通して和歌山の食文化を届けたい、と情熱たっぷりに語る宮本さんの言葉に頷(うなず)きながら、「桃とチーズ、宮本さんならどう合わせます?」と、今井さん。すると「桃は繊細な食べ物だから、ほかの食材と合わせるのはかなり難しいんです・・・」なんて言いながら、摘果した若い桃の甘露煮に、肉桂のパウダーをまぶしたクリームチーズのピンチョスを差し出してくれる。試食した今井さんは、「上等なチーズケーキみたいです」と目を大きく見開いて感激。食材の隠れた表情を引き出す名匠から、どんなヒントをもらったのだろう。
Copain de Fromage
コパン・ドゥ・フロマージュ
TEL.0736-60-7175
住所/和歌山県紀の川市桃山町調月769-136
営業時間/10:00 ~ 16:00
定休日/日・月・木
※現在、WEB サイトでの購入は休止中。注文は電話にて
味覚の不思議を体感!
緑のダイヤモンドの威力
翌日、またしても宮本さんが教えてくれた『かんじゃ山椒園』を目指す。
車酔いするほどカーブのきつい山道を走り、たどり着いたのは、有田川(ありだがわちょう)の山間部。園主の永岡冬樹(ふゆき)さん宅でいただいた実山椒のコンフィ(砂糖漬け)とシロップを使った「山椒スカッシュ」がなんとも素敵な清涼剤で、グラスの底に沈んだ山椒の粒の大きさにびっくり。これが、ぶどう山椒だ。
寒暖差がはぐくむ肉厚で大きな粒と鮮烈な香りが特長で、「緑のダイヤモンド」の異名をもつ高級品。国内外のトップシェフから支持される永岡さんは、栽培だけでなく、乾燥山椒や臼引きの粉山椒、佃煮のほか、生山椒のペーストやコンフィ、ジャムといったユニークな加工品も手がけて、その可能性を切り拓いている。チーズ洗練士の宮本さんがパルミジャーノに合わせる赤山椒も、永岡さんのものだ。
その山椒名人に「山椒を食べると、塩気を感じるんですが・・・」と素朴な質問を投げる今井さん。永岡さんは、ふふふ・・・と笑いながら「山椒自体に塩味はありません。じつは味覚の増長作用と言って、山椒が脳の知覚を
刺激して、味覚が敏感になるんじゃないかと言われています。口の中に残る塩気を強く感じるんでしょうね。つまり山椒には、甘いものはより甘く、おいしいものはよりおいしくする力がある。そうそう、山椒は、ミカン科のスパイス。同じ柑橘系との相性がいいですよ」
すると今井さんの目がキラリ。なにか、いいアイデアをひらめいたみたい。
かんじゃ山椒園
TEL0737-25-1315
住所/和歌山県有田郡有田川町宮川129
※購入は、山椒園併設の『田舎カフェかんじゃ』と『kado』( TEL.090-1488-9911,有田川町三田453-1)のほか、WEB サイトからも
天空のオリーブ畑を育てる
黄金色のオイルの探求者
旅の最後は、『シラハマ オリーブ ラボ』のオリーブ畑へ。畑主の小林伸吉(のぶよし)さんの本業は建築会社代表だが、ひょんなことからオリーブ畑を譲り受けたその年に、搾りたての油を味見しておいしさに感動。「どちらかというとオリーブの栽培には向いていない」という風土の白浜町で、標高400メートルのミカン畑の跡地を利用し、ルッカやネバディロ・ブランコ、ミッションといった品種を栽培する。
国内では珍しいカラマタの苗を、小豆島のオリーブ生産者に頼んでギリシャから取り寄せて植樹するなど、その研究熱心ぶりは、まさに″ラボ″だ。「よそとは違うことをやってみたいんです(笑)。それに僕、やりたいと思ったら挑戦したくなっちゃう性分で」
その小林さんが作るオリーブオイルは濃厚ながら爽やかで、昨年は瞬時に完売。希少なものにも関わらず、「和歌山の桃に和歌山の特産品を合わせるレシピ、まったく想像がつかないけれど、和歌山県民としてめっちゃ楽しみです」と、快く分けてくれたのだった。
「桃食べ隊」の和歌山旅はこれにて終了。後日、完成した桃レシピ(詳しくは「新作! 魔法のピーチレシピ」の記事へ)を今井家で試食させてもらったが、今もその味を反芻する度にため息が出てしまう。もちろん、おいしさで。
SHIRAHAMA OLIVE LABO
シラハマ オリーブ ラボ
TEL.0739-82-1688(固定), 090-3350-1376(携帯)
MAIL/ s.olive-labo@ymail.ne.jp
※2021 年収穫分のオリーブオイルは完売。10 月頃リリース予定の2022年分は予約販売(電話またはメールで受付)。8月末頃にWEB サイトを開設予定
桃の旅人・今井真実さん
いまいまみ 神戸市出身。雑誌、WEB 媒体でレシピ考案やスタイリングを担当し、毎日ご飯を作る人がうれしくなる「新しい家庭料理」を提案している。著書に『毎日のあたらしい料理 いつもの食材に「驚き」をひとさじ』(KADOKAWA)、『いい日だった、と眠れるように 私のための私のごはん』(左右社)
PHOTO/ YUJI IMAI
※メトロミニッツ2022年8月号特集「桃に恋して」より転載