食通たちがこぞって通う山菜料理の名店が、山形県のちょうど真ん中、霊峰・月山の麓にあります。雪どけ水でゆるんだ地面から芽吹く山菜、海から清流へと戻ってきたサクラマス、脂を蓄えたジビエ。山深い雪国の、目覚めの季節を召し上がれ!
山菜料理 出羽屋
霊峰・月山の山麓に息づく
伝統と創意の山菜料理
ぬかるみはうれしい。
雪国においてぬかるみは息吹きの象徴だ。雪間から土が見えだし、福寿草の黄色く小さな花がひらくとき、冬はようやく帰り支度を始める。雪どけ水を集めて川は勢いを増し、寒さを押し流していくかのよう。雪どけの潤いは芽吹きをうながし、ツクシやフキノトウがあちこちで顔を見せてくる。野は次第に若緑に染まって、山が笑い出す。
そして山の民は待ってましたとばかりに、山菜摘みへと出かけてゆく。ぬかるんだ道もなんのその、雪里の人々の「春を味わいたい」という思いは熱いのだ。今回訪ねたのは県内でも有数の豪雪地帯、西川町(にしかわまち)にある「出羽屋(でわや)」さん。山菜料理で名高い旅館である。
ご主人の佐藤治樹(はるき)さんがまず出してくれたのは、花ワサビのお茶だった。「まだ肌寒いので、胃をあたためてからお食事にしましょう」と。水から軽く煮たシンプルなものだが、ワサビの香りがほのかに湯にとけて爽やかで、気持ちがリセットされる。続いてのウルイやシドケのおひたしはシャッキリした歯ざわりが快くて、みずみずしくて。コゴミやウドの和えものはゴマやクルミが濃厚で味つけもしっかり。それでいて山菜の味わいを決して殺さない。
「和えものは甘じょっぱくが東北の味です。山菜とクルミもそうですが、山のもの同士を合わせるとグンと奥行きが出ますね」
山のもの同士といえば焼いたウドと熊のラルド(脂)なんて組み合わせに驚かされた。野趣と洗練の意外な調和・・・世の中にはこんな味の掛け合わせもあるんだなあ。そして山形で「麦切り」と呼ばれる、細く柔らかいうどんをフキノトウ味噌×豆乳のおつゆでいただく“おしのぎ”もサプライズ! いやはや、お代わりしたいおいしさでね。さらには川魚のカジカが揚げものとして続き、「寒い時期がうまいんですよ、今は産卵期で子持ちです」と。ああもう・・・熱燗とやりたかったよ。うーん、ひと皿ごとにワクワクが募る! 山菜を軸として山形の郷土食やジビエ、川の恵みが縦横に織り込まれるコースに食的好奇心が刺激されてならない。伝統的な山菜料理と自由な創意がなんとも楽しく綾を成す。
「地元食材の良さと共に、この地でどんな食の営みが続いてきたのかを伝え、残していきたいんです」と治樹さん。やさしい語り口で、食材それぞれの個性や特徴を教えてくれる。そこからおのずと見えてくる山と人々の暮らし、積み重ねられた歳月。ただおいしいだけではない、山里の食史を味わうような貴重な時間となった。
【取材ノートから】「出羽屋」の「CHEF'S TABLE(シェフズテーブル)」は、1日1組限定のスペシャルコース。36300 円~ (大人1 室1名利用時、夕食・朝食付き)。
3月末のコースから一部を紹介 左/ 花ワサビのお茶(奥)と山菜5種盛り。この日はウルイ、コゴミ、ウコギ、シドケ、ウドを、おひたしやクルミ味噌で 上右/焼きウド、ツキノワグマのラルドのせ。奥はキブノリ( 苔の一種) の和えもの 中右/カジカの揚げもの 下右/フキノトウうどん
【取材ノートから】スペシャルコース「CHEF'S TABLE」は、その日に揃った食材を、四代目主人が目の前で調理するライブ感も楽しい。
3月末のコースから一部を紹介 上左・上右/イノシシと雪ノ下ネギの鍋には、クレソンがたっぷり 下/サクラマスとウコギのごはん、ムキタケの味噌汁。出羽屋の山菜や山菜料理はお取り寄せもできる
【取材ノートから】「出羽屋」の名物のひとつ、月山山菜そば1500 円(予約不要)。その時節の山菜とキノコがたっぷり、鶏だしで醤油ベースの味わい。それぞれのうま味もさることながら、汁の口当たりの柔らかさがたまらない。「旅館に泊まられてお風呂に入るともっと分かりますよ、水の柔らかさが」とは若女将の悠美(ゆみ)さん。肌に実になめらかなのだそうな
【取材ノートから】月山山麓で採れた天然の山菜を中心に提供している
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など
PHOTO/TAKANORI SASAKI
※メトロミニッツ2022年5月号特集「水のこと、考えてる?」より転載