神奈川県・三浦市
キャベツ畑の道を抜けて 坂の先に潮風が香ったら そこは半島の港町、三崎
旅するついでに髪を切っている
毎日のおもしろさを自分でつくる
毎月1回、髪を切るために2時間かけて、僕は三浦半島最南端の三崎という町に通っています。
三崎はマグロの水揚げで知られる関東有数の港町。往時のにぎわいは遠い過去のものとなりましたが、今でも多くの観光客が訪れる「マグロの町」です。
三崎商店街の築100年近い古民家に、三崎港蔵書室「本と屯」がオープンしたのが4年前。ここが町に開かれた社交場の役割を果たし、三崎は新しいカタチのにぎわいを生み出し始めました。
仕掛け人は町に移住してきたミネシンゴさん。彼がマグロ以外の文脈で、町に多くの人を呼び込んでいます。
僕とミネ君は10 年来の知り合い。今まではたまに鎌倉や都内で会うくらいでしたが、本と屯の2階に彼がプロデュースする「花暮美容室」がオープンして以来、僕は月に1回この町で髪を切り、町に多くの知り合いもできました。「旅するついでに、髪を切る」。それが花暮美容室のコンセプト。確かにここで髪を切るというのは、僕にとって「目的のひとつ」になりました。
三崎口の駅からバスで15 分。広い空を眺めながら下町にやってきて町中華(焼きそば…)を食べ、ドーナツを片手に海辺を散歩。髪を切った後はMP(名店)でイタリアンとワイン。
いろいろな場所に行くことや土地の名産を食べることは旅の持つ楽しみのひとつではありますが、同じ場所を定点的に訪問し、町の人の暮らしを追体験することで、日常とは別の居場所ができていく。この感覚は、間違いなくひとつの旅のあり方だと思います。
美容師の菅沼さんと、商店街を見下ろすサロンで髪を切りながら、いろいろな話をします。窓から町の喧騒が聞こえ、気持ちのいい風が入ってきます。「都内のサロンでは分業制で1人のお客様とじっくり向き合えなかったから、1人でやっている今くらいのペースがちょうどいいんです」
僕も思います。「このくらいが、本当にちょうどいい」って
毎日あっという間に過ぎてしまうから、ついなんでも「目的」や「効率」が優先されがちです。でも「自由」って実は目的の周りにたくさんあって、それが僕らの心を広げてくれる。月1回の 三崎の旅は、僕にとって小さな自由。例えば「今日はこのあとどうしよう」とか、「来月は泊まりで来よう」とか、そういう「決まっていない時間」が、「決められた時間」の中に生きている自分を客観視させてくれ、ギアを落とすようにペースを調整してくれる。
これからどこに行こうかな? コーヒー飲みながら考える土曜の午後って、なんでこんなに楽しいんでしょうね?
Illustration/YOSHIE KAKIMOTO
※メトロミニッツ2021年12月号より転載