こちらは小川尚子さんが初めて味わった北見の日常茶飯「焼肉」をじっくりご案内。「はしご焼肉」「サガリ」「生たれ」「目丼」などなど、耳慣れない焼肉用語をひとつづつ解明。焼肉好きなら、今すぐ北見に行きたくなること必至
「北見焼肉紀行」 文・小川尚子
ぶらり焼肉はしご。締めは目丼
恥ずかしながら、今回の企画のお話をいただくまで、北見市が「焼肉の町」であることを知りませんでした。北見と聞いて頭に思い浮かんだのは、北海道の東の方にあることと、カーリング女子チームの拠点があることぐらい。だから北見がオホーツク圏最大の都市だということも、玉ねぎや白花豆の生産量、ホタテの水揚げ量が日本一ということももちろん初耳でした。ついでに言うと、竪穴式住居の数も日本一だそうです。
で、ここからが本題。実は北見市、人口1万人当たりの焼肉店の数が北海道一(※)なのです。その数、70軒強。さっそく「北見 焼肉」で検索してみると、「ホルモン」「サガリ」「生たれ」など、食欲と好奇心をくすぐるキーワードが次々とヒットします。こうなったら現地に行って食べまくるしかありません。かくして、北見焼肉はしごの旅が幕を開けたのです。
9月後半の北見は、秋の気配が漂っていました。ほんのり色づいた街路樹。夜は長袖シャツがちょうどよく、焼肉を食すにはベストなコンディションです。駅前の大通りを歩き、路地へ入ると、本日の1軒目「味覚園 総本店」と書かれた看板がどーんと目に飛び込んできました。店長の那須祐介さんは北見生まれの北見育ち。幼い頃から焼肉を食べて育ち、市内の大半の焼肉店を制覇しているという、北見焼肉の伝道師です。
「北見の焼肉で特徴的なのが、豚ホルモンと牛サガリです。昔は駅の近くに屠畜場があって、新鮮な内臓肉が手に入りやすかったことから、地元の人は今も好んで食べますね」
北見では、肉に下味が付いていないのも特徴です。肉を七輪で焼いたら、卓上の塩コショウや生たれを付けて食べるのが流儀。生たれとは醤油に果物や香味野菜などをブレンドし、寝かせて作ったたれのことで、お店ごとに個性があるのだそう
味覚園の生たれはフルーティな味わいで、ほどよいとろみが肉によくからみます。真空状態で半月寝かせた熟成サガリを備長炭で焼き、このたれを付けて食べると、もう! 肉本来の甘み、ジューシーさがいっそう際立ち、何枚でもいけそうです。
ところで、東京では焼肉のお供と言えばライス(そしてビール)が定番ですが、北見ではそれがなんと、おにぎりなのだと言います。
「北見では休日に外焼肉をする人が多いんです。外で食べるなら、おにぎりが便利ですよね」
自信満々に言われると、確かにそんな気もしてきます。そんなわけで、お次はおにぎりがおいしいと評判のお店へ向かうことにしたのでした。「焼肉南門」と書かれたパステルグリーンの外壁に、巨大なダクトが3本。目の前の歩道では、白やピンクのコスモスが秋風に揺れています。
「うちはさ、今風じゃないから。昔のまんまだから」。阪神タイガースファンのご主人はそう言いますが、ハッカ香るおしぼりから始まる細やかなおもてなしは、33年間の歴史があるからこそなせる技でしょう。
下味なしの肉が定番の北見にあって、こちらの肉はほとんどが下味付き。たれもバリエーションがあり、脂ののった牛タンは特製の梅だれでいただきますが、これが最高! 正直、今まででタンにほとんど思い入れはありませんでしたが、これは何度でもリピートしたい味です。
噂に聞いていた韓国風おにぎりは、味付けした合挽き肉とごまを混ぜたごはんに韓国海苔を巻いたもの。お米1合分はあろうかという大きさにおののきましたが、ひと口食べて納得。焼肉におにぎり、アリですね!
ごはんものと言えば、北見には「目丼」なる焼肉の締めの食べ物があると言います。となれば、最後はその発祥の店「板門店」の暖簾をくぐるしかありません。「目丼誕生のいきさつは諸説あって」と三代目店主の松山智望さん。
「スタッフのまかない説と、常連さんが白米と目玉焼きを注文した際に、『面倒だからのせちゃって』と言ったことから生まれたという説ですね」とろーり半熟の目玉焼きに、甘辛のたれと青のり。たったそれだけなのに、丼ごはんが進む進む。この1品だけを食べに来る人もいるそうですが、その気持ち、よくわかります。
ふと周りを見渡すと、店内はお客さんでいっぱい。家族連れからビジネスマン、カウンターでひとり焼肉を楽しむ若者まで、みんなが七輪の煙を浴びながら豪快に肉を焼いています。牛サガリ、生たれ、目丼・・・。初めて見聞きする北国の焼肉文化に、日本の広さと豊かさを思うのでした。
文・小川尚子
OZmagazine をはじめとするライフスタイル誌で、旅の記事を中心に執筆。旅先での昼飲みをこよなく愛し、ご当地ビールやワインの発掘に余念がない。プライベートでは6歳男児の母
SHOP DATA
- 【01】味覚園 総本店
- 精肉大手・坂口精肉店の直営店として1968 年に開業。0℃で氷締めし、食感と甘みをアップさせた生ホルモンやエイジングさせた牛サガリなど、目利きの職人が手間暇かけて仕込んだ肉は必食です。
TEL.0157-25-6895
北見市北5条西4ソシアルビル6F
- 【02】焼肉南門
- 「うちは肉の盛りがいいし、お値段も安いから、若い人も通ってくれるの」と微笑む奥さん。創業以来通い続けるリピーターから学生まで、老若男女に愛される理由は、店主夫妻の温かい人柄にもあり。
TEL.0157-24-4803
北見市本町2-5-16
- 【03】板門店
- 今や北見名物ともいえる目丼は先代の頃にこちらで誕生したもの。今年初めに改装した店内には開業時と同じ寸法のコの字カウンターが設置されており、ここでひとり焼肉を楽しむ人も多いそう
TEL.0157-24-2626
北見市北7条西4-8-1
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PHOTO/SAORI KOJIMA TEXT/NAOKO OGAWA
※メトロミニッツ2021年11月号特集「日常茶飯的ステイケーション」より転載