岡田カーヤさんが出かけた鹿児島の旅。みたらし団子との違いはそれほどないのに、食べたときの恍惚感はぢゃんぼ餅の圧勝という、そのわけは? 同じく日常食といえる桜島フェリーうどんのエピソードも必見!
「鹿児島紀行」 文・岡田カーヤ 写真・関めぐみ
恍惚とする鹿児島食
鹿児島空港に降り立つと、すぐにでも食べたくなるものがある。そのひとつが、ぢゃんぼ餅。大きいから「ぢゃんぼ」ではない。歴史は古く、南北朝時代に生まれたという逸話もあるこの郷土菓子には2本の竹串が刺さっていて、それが2本の刀を携えている武士の姿に似ていることから「両棒」。そして、その両棒が、土地の言葉で繰り返されるうち「ぢゃんぼ」として定着した、とか。
「両棒」がどのようにしたら「ぢゃんぼ」になるのか。土地の言葉で何度聞いても、わかったような、わからないような、ふわりとした気持ちになるのだけど、「鹿児島」が「かごっま」となる土地柄だ。きっと「両棒」も「ぢゃんぼ」になるんだと自分を納得させつつ、はやる気持ちを抑えて車を飛ばし、島津家の別邸「仙巌園」のある磯地区へ。海沿いの道に4軒のぢゃんぼ餅店が点在する中、今回は「桐原家両棒餅店」へと足を運んだ。
オーダーを受けてから焼く丸餅に、たっぷりと浸るほどの餡がかけられている。初めてぢゃんぼ餅を目の前にしたときは、ひとりでこんなに食べられないと思ったけれど、そんなのは杞憂にすぎなかった。あっという間の出来事だった。ぢゃんぼ餅はいつだってそんな具合に、吸い込まれるようになくなっていく。
「ぢゃんぼ餅は飲み物ですね」。隣では、同じくぢゃんぼ餅をこよなく愛するフォトグラファーの関めぐみさんが、久しぶりのぢゃんぼ餅を口にして至福の表情を浮かべている。そう。なんと言っても餅がやわらかいのだ。竹串を手に取ると、たっぷりと餡をまとった焼き餅が、とろーりとしたたり落ちていく。ビジュアル的には、みたらし団子との違いはそれほどないのに、食べたときの恍惚感はぢゃんぼ餅の圧勝。
焦げ目の存在も忘れてはいけない。特に「桐原家両棒餅店」の餡は、甘さの中に生醤油のすっきりとした味わいがおいしい。その餡の奥から、焦げ目の香ばしさがやってきて、出会ったときもまた恍惚とする。「桐原家両棒餅店」を切り盛りする桐原里見さんは「好きな方は、“焦げ目強めで”とオーダーする方もいらっしゃいます」と笑う。
残念ながら「桐原家両棒餅店」は、コロナの影響によりここ1年あまりテイクアウトだけの営業となっているが、普段だったら、畳敷きの広々とした飲食スペースでぢゃんぼ餅が食べられる。餅を食べ、顔を上げると、錦江湾の奥に桜島がどーんと広がっている。なんと最高のシチュエーション。この景色もぢゃんぼ餅とセットのごちそうなのだ。
もちろんテイクアウトをして、目の前の磯海水浴場で食べたって、景色のごちそうにありつける。今回同行した地元育ちの友人のジョンくんさんが、久しぶりのぢゃんぼ餅を口にして至福の表情を浮かべている。そう。なんと言っても餅がやわらかいのだ。竹串を手に取ると、たっぷりと餡をまとった焼き餅が、とろーりとしたたり落ちていく。ビジュアル的には、みたらし団子との違いはそれほどないのに、食べたときの恍惚感はぢゃんぼ餅の圧勝。焦げ目の存在も忘れてはいけない。特に「桐原家両棒餅店」の餡は、甘さは、子供の頃の夏休み、ラジオ体操を終えるとすぐに自転車でこの浜辺へ駆けつけて、くたくたになるまで遊んでいたという。そして、「昼ごはん代を節約したお金を友達同士で出し合って、ぢゃんぼ餅を買って食べるのが楽しみだったんですよ」と言いながら、餅で器をぬぐうように餡をすくいとって口に運んだ。その一連の動きに無駄がなくて感心した。さすがベテラン。「いかにこの餡を残さず食べるかが肝なのです」というジョンくんもまた恍惚の表情をしている。三つ子の魂百まで。いつまでたっても好きなものは好きなのだ。
桜島港と桜島を結ぶ桜島フェリーは運航時間が15分。あっという間に到着するのに、すべての船にうどんを提供する設備があるというからびっくりする。このうどんの愛され具合がすごくて、桜島行きのフェリーに乗ると、条件反射的にうどんが食べたくなるという声を多数聞く。さらには、このうどんを食べたいがために、わざわざフェリーに乗って桜島へ行く人がいるとまで。
鹿児島が、西の地域では珍しい「そば県」だということを最近知った。麺打ちをする家庭も多いらしい。だからなのか、フェリーでもそばかうどんを選ぶことができる。とは言え、フェリーではどちらを食べるべきかを友人たちに尋ねると「絶対的にうどんです」とその答えに迷いはない。
それならばと桜島フェリーに乗り込み、片道15分の小旅行へ。乗船するとすぐに、うどんを注文。天かすがのったひたひたのつゆとともにいただくうどんは、かつおだしが効いたやさしい味わい。夢中になってすすっていると、どんどんと桜島が近づいてきた。山裾の濃い緑が美しい。やっぱり景色はごちそう。目にすることで、より一層おいしくなる。
岡田カーヤ
ライター、編集者、たまに音楽家でサックス吹き。土地に根ざした営みや音楽、アート、食、ワインなどの記事を編集・執筆。ポルドガル好き
関めぐみ
フォトグラファー。カルチャー誌、女性誌、スポーツ誌をはじめとする各種媒体で活躍。広告、CD ジャケット、写真集と、その活動は幅広い
PHOTO/MEGUMISEKI TEXT/KAYA OKADA
※メトロミニッツ2021年11月号特集「日常茶飯的ステイケーション」より転載