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数年前には専門店ブームも起こり、急速に頭角を現しだした薬味界のダークホース、パクチー。好きか嫌いか、芳香かカメムシ臭か、賛否両論の激しいパクチーですが、苦手な人でも食べやすいと評判の「岡パク」なる存在を聞きつけて一路、岡山県へ。元パクチー嫌いの熱き生産者、植田輝義さんとその理解者たちの軌跡を取材しました。
なぜ、そこまでしてパクチーに挑むのか。――そこにパクチーへの溢れる愛があるからだ。
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近年注目のパクチー産地・岡山
立役者は元パクチー嫌いの生産者
パクチーほど「好き」と「嫌い」が分かれる食べ物を、そうそう思い浮かべることができません。好きな人にとっては、噛みしめるごとにうっとりするほどの存在なのに、嫌いな人は徹底的に嫌い。香りを嗅いだだけでもう無理、勘弁してくださいとなってしまうほど。にもかかわらず、パクチー嫌いを克服しようと涙ぐましい努力を重ねる人が少なからず存在するのも、パクチーの興味深いところです。近頃パクチーの産地として注目されている岡山県で、パクチー嫌いを乗り越えて情熱を捧げる人たちに出会いました。
国内の栽培地として生産量が多いのは静岡県や福岡県ですが、いまや地域のソウルフードにならんとしてるのが岡山マイルドパクチー、通称「岡パク」。その立役者で「岡パク大使」を名乗る植田輝義(うえだてるよし)さんもパクチー嫌いから好きに転じたひとりです。
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「嫌いじゃなくて、大っ嫌いだったんです」と笑う植田さんは兵庫県出身。1999年、結婚を機に岡山市出身の奥さんの実家である黄ニラ農家を継いだあと、東京の市場関係者からパクチー栽培を勧められたものの、当時は食べたら吐き出してしまったほど苦手だったと言います。
そこを逆手にとって、パクチー嫌いでも食べられるマイルドなものをつくろうと、品種が異なる10種類の種を取り寄せて実験的に栽培。そのうちのひとつが唯一、植田さんでも食べられるきつくない香りのものだったので、試行錯誤を繰り返しながら、その種を改良。同時に、市内の飲食店とともにメニューを開発したり、学校給食に取り入れてもらったりと、マイルドな風味のパクチーの普及活動を行ってきました。
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パクチー好きもご安心を。
イエス!めちゃくちゃパクチー
ひとつ気にかかることがありました。それは「果たしてパクチー好きは岡パクに満足できるか」という心配です。鼻を抜けていくカメムシのようなあの強い香りがあってこそのパクチーなのだから、魅力が半減してしまうのではなかろうか、と。
それが杞憂だったことは、フレッシュジュース店『モアフル』で、岡パクスムージーを注文した直後にわかります。代表の橘将太(たちばなしょうた)さんが「ロックンロールな変態スムージー」と呼び、「パクチー好き以外のかたにはお勧めしません」と太鼓判を押すだけあって、パクチー比率が半端ありません。キウイとパインをひとかけずつ入れる以外はすべてパクチー。ジューサーへ投入している段階から、爽やかな香りが漂ってきます。飲んでみると、イエス、めちゃくちゃパクチー。その姿を横目に「僕は実はパクチー苦手なんですよね。試飲以来、飲んでません」と苦笑する橘さんでした。
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『アジアン食堂 アチェチェ』代表の中峠実(なかとうげみのる)さんも元パクチー嫌い。「タイ料理店をやるからには」と一念発起して荒療治を決行。カメムシのような匂いが苦手なら本物を食べればいいのではと現地でカメムシの素揚げを食べたら「パクチーよりパクチー」だったため、以降パクチーが食べられるようになったと言います。
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岡山料理専門店『Ikiya(イキヤ)』の岡パクのにぎりは、葉っぱと茎のバランスが絶妙でした。噛みしめるたびしゃりしゃりとした食感とともに、爽やかさと甘さ、脳内幸せ物質が広がって、これまでとは違う味の地平が見えてきました。ちなみにIkiya 代表、小川隆行(おがわたかゆき)さんも岡パクと出会う前はパクチーが苦手だったそうです。
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育てているのは立派な「根」
土からこだわる岡パクのうまさ
岡パクを食べて驚くのは、食べたあとの余韻の長さ。確かに香りはマイルドですが、ほのかな甘さとうまみが、食べ終わってからも口の中でしばらく続くのです。秘密はどうやらこの太い茎にあるようです。さらには、太くて長い根っこにも。
「言うてしまえば葉っぱは飾り。僕、根を育てているんです」と植田さん。根が伸びやすいよう、土を柔らかくする中耕(*) を何度も行うとともに、牧場から取り寄せた牛糞を堆肥(たいひ)にして、様子を見ながら何度も追肥。土の養分を吸って、うまみの強いパクチーを栽培しています。農薬不使用のため、畑仕事の9割が草むしり。さらにすごいのは、種を自家採種しているということ。年を追うごとに、よりマイルドで、力強く大地に根を張るパクチーになっているのでしょう。
*中耕・・・作物の育成中に畝(うね)の間の土を浅く耕すこと
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火を通したパクチーも、生とは違ったうまみが顔をのぞかせます。『お好み焼き もり』の、岡山パクオコは生地の中のパクチーとともに、トッピングにのせたニンニクと炒めたパクチーが甘やかに香って、はぁうっとり。店主、光森真司(みつもりしんじ)さんにとって岡パクは自由で、さらなる伸びしろがある存在。「これまでパクチーを口にしなかった人にもおいしさを伝えたい」と瞳を輝かせます。
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岡山の新たな郷土食となるか。
情熱をわかち合う仲間たちと共に
考えてみれば、パクチーって不思議な存在です。世界中にあるけれど、熱狂的に食べられているのはタイ、インド、ベトナム、中国、台湾、ポルトガル、ペルーなど飛び地的で限定的。とはいえ、それぞれの地域の食文化になくてはならない食材になっています。こうした地域それぞれに、偏愛的にパクチーを育て、広め、郷土の食に組み込んだ人たちがいたのかも、植田さんとその仲間たちのように。そんな想像をしたくなるほど、岡パクは独自の変化を遂げ、郷土の味になりつつあると感じたのでした。
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【取材ノートから】岡山市北区の奉還町と柳町には、植田輝義さんの作るパクチーや黄ニラに魅了され、メニューに組み込んでいる飲食店が複数ある。今回はパクチーに焦点を絞ってお伝えしたものの、取材中に出会った美味としてぜひともご紹介したいのが、1956年創業の老舗・福寿司だ。鰆の漬け酢を振り込む昔ながらの方法で調理する岡山の郷土料理「ばら寿司」は、鰆やママカリの絶妙な酢締めの塩梅、ふっくらと甘辛く炊いた煮貝や穴子、しゃくしゃくと歯応えのよい蓮芋やそうめん南瓜・・・、季節によって異なる36種類の具材を贅沢に味わうことができる。パクチーが絶対にNGという方は、ぜひこちらを訪ねてみてほしい。
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アーチファーム
風味がマイルドで食べやすい岡山マイルドパクチー(通称「岡パク」)と、岡山の伝統野菜・黄ニラを生産する植田輝義さん率いる農業法人。公式ウェブサイトのオンラインストアで、岡パクと黄ニラを購入することができる。
PHOTO/MASAHIRO SHIMAZAKI WRITING/KAYA OKADA
※メトロミニッツ2021年9月号特集「薬味の街」より転載