東京都・田園調布
レコードとコーヒー。 慌ただしい毎日を少し 「遅く」してくれるものたち
東京にこのお店ができたことで
もうひとつ自分に場所ができた
旅先で時間があると探してしまう場所がふたつあります。
ひとつは町の喫茶店。そこにはいつも旅先の時間が流れていて、窓の外を歩く人たちはその町に住み、僕はその町の「異物」としてそこに座っている。彼らは誰ひとり僕を知らず、僕は誰とも言葉を交わすことなくそこを通り過ぎていく。その感じがたまらなく好きです。
もうひとつがレコード屋さんで、旅先でレコードを買うことは、僕のライフワークと言えるかもしれません。渋谷や下北あたりで5000円以上するようなレア盤が100円コーナーで売られていたり、ずっと探していた1枚が思いがけない町の小さなお店で見つかったりと、その宝探しのようなワクワクに今も僕は胸を躍らせ、時間があるとレコード屋を探してしまうのです。
なかなか旅に出ることができない今、僕はあるお店に通っています。そこには最高に美味しいコーヒーとレコードが並んでいます。テラス席は歩道とシームレスで、そこでアイスコーヒーを飲みながら通りを走る車を眺めるのが、最近のお気に入りの時間です。店内では店主がセレクトするレコード(これがハッとするほどいい盤ばかり)が流れていて、なんと言うかもう「急ぐのばからしい」って気分にさせてくれるのです。
AI換で自分が買ったものの類似商品をレコメンドされ、インスタのフィードに自動的に好きが並ぶテクノロジー時代において、僕たちはたくさんの便利さを享受しています。でもきっと失ったものも多くて、例えばサブスクや動画サイトを使えばピンク・フロイドの曲を1曲でも聴けるので、あのアルバム全体の壮大でコンセプチャルな世界観を体験する機会は得にくくなりました。
そう考えると僕らは「便利さ」と引き換えに「豊かさ」を差し出していて、知らないうちに「効率病」にかかっているのかもしれません。
でも、レコード1枚聴けず、コーヒー1杯ゆっくり飲めないほど、僕らは忙しかったでしょうか? 僕らが自分の時間を埋めているものが、僕らに与えてくれているものはなんなのか。それを考えないと、僕たちはなにかを失い続けるのだと思います。
旅はいつも、そのことを思い出させてくれます。でも、旅に出なくても、そういう毎日を少し「遅く」してくれる場所があるだけで、僕は僕らの毎日のことを「考える」ことができる。
「ぼんやり見てないで、考えないと」木漏れ日の気持ちいいテラスで美味しいコーヒーを飲みながら、ぼんやりとそんなことを思っています
Illustration/YOSHIE KAKIMOTO
※メトロミニッツ2021年9月号より転載