オーガニック野菜の新たな可能性を探しもとめて旅に出た、特集「未来のためのオーガニック」。最初の訪問地は、能登半島。石川県七尾市の海辺のオーベルジュ「villa della pace」。オーナーシェフの平田明珠さんが試行錯誤の末にたどり着いた、人と自然が織りなす円環の中の一皿をいただきます
villa della paceのコース料理「自然豚」。添えられているのは「泥」をイメージしたソースと野ゼリなどの野草
皿の上に仕立てた能登の「畑」の味
染み入るような滋味の奥に、「土」のおいしさを知る
葉っぱだけではない、根っこだけでもない、その先によい土があるからこそ野菜は元気に育ちます。石川県七尾市のオーベルジュ「villa della pace(ヴィラ・デラ・パーチェ)」の平田明珠(ひらためいじゅ)シェフの料理には、そんな当たり前のことを思い出させてくれる驚きと喜びがありました。
季節の野菜や野草30~50種類を用いた「畑」という一皿をいただくと、滋味深さの奥にある土のおいしさがじわじわ広がっていくようでした。食べる前に、平田さんが懇意にしている農園に連れて行ってもらったことも大きいかもしれません。
もともと東京を拠点としていた平田さんが導かれるように七尾へやって来てすでに5年。レストランを開業したのち、昨年11月に能登の内海(うちうみ)が見える現在の場所にオーベルジュを開業するに至ったのも、この土地ですばらしい野菜をつくる生産者の存在があったから。
そのうちのひとり、「NOTO高農園」の高利充(たかとしみつ)さんが迎えてくれた標高110メートル、木立に囲まれた畑へと足を踏み入れた途端、特別な香りに包まれました。酵母が醸されているかのような甘やかさや、畑の周りの杉の木立の爽やかさが入り混じったその香りを嗅(か)ぐと、畑だって生態系の一部であることに、はっとさせられます。
「能登は全国でいくつかある赤色褐色土、通称『赤土(あかつち)』の土壌が広がる土地なんです」。そう教えてくれた高さんは、点在する20ヘクタールの畑で、動物性の肥料を一切使わず、米ぬか、麦、豆などをすきこみ、土の中に微生物の棲みかをつくる「自然栽培」で野菜を育てています。
「ほら、これ食べてみて、これも今おいしいよ」。高さんは葉っぱをちぎっては次々に平田さんへと渡していきます。いくつもの野菜が混植された畑は花畑のようで、よく見ると畝(うね)はなし。除草剤を使っていないため、ハコベやタネツケバナなどで覆われていて、畑なのにほぼ土は見えません。
「僕たちは科目別の管理をしていて、ここはアブラナ科の畑。隣はウリ科の畑になる。この畑を今年使ったら、次の年の前半はお休みさせて別の畑を使うというようにローテーションしているんです」
出荷先は主に全国のレストラン。年間300種ものもの野菜をつくっているのは、「あのシェフはこういうのが好きだろうな、このシェフはこういうのを使うだろうな」というのを想像して育てているから。高さんから差し出された3種類の菜花、「春待ち菜花」「中島菜」「のらぼう菜」を食べると、それぞれ特徴的に、ほろ苦さ、甘さ、渋みなどが絡み合っているのが感じられます。
「僕は野菜をつくるのも好きだけど、レストランに行って料理として食べるのも好き。シェフの傾向を想像して育てるのが楽しいんです」と言って、高さんはほおを緩ませます。
3種の菜花で平田さんの好みは? と尋ねると「僕は苦みがあるほうがいいので、断然能登の伝統野菜、中島菜」という答えが返ってきました。「この苦みがチーズ、そしてイカの発酵調味料いしりと合うと思ったので、パスタにしています」というコメントを聞いた高さんは「いしりかぁ!」と感嘆の声を上げました。
懇意にしている料理人を引き合わせたり、トップクラスの料理人たちの動向を伝えたり、平田さんのメンター的役割もしている高さんは「そうしたことで料理人同士に新たな気付きがあればいい。それで僕はおいしいものを食べられるから」とうれしそうに顔を輝かせます。
その地の文化や歴史と、深く深くつながる料理を
次に訪れた「あんがとう農園」も、土を大切にする農園。
ハウスを中心に150種類近くのエディブルフラワーやハーブ、マイクロリーフ、野菜を栽培しています。「植物性の堆肥(たいひ)をつくっていますが、入れすぎないようにしています。肥料を少なくして、水をあげないことでゆっくりと成長させて、健康的に元気に育てているんです」。そう言って代表の明星孝昭(みょうせいたかあき)さんが引っこ抜いてくれたカブの葉と実をかじると、密度の濃いおいしさがあふれでんばかり。
「あんがとう農園」のこのカブと「NOTO高農園」のトマト、ジャガイモ、黒キャベツ、菜の花を使って、平田さんが出しているのが、イタリアの魚料理の定番「ズッパ・ディ・ペッシェ」。能登地方では食べる人がほとんどいないマルガニ(小型のワタリガニの一種)を焼いて潰してとっただしをベースに、白身魚のあらと香味野菜、トマトソースと大量の赤ワインを煮込んだスープに、さっとあぶったトリ貝、甲イカのゲソ、皮目だけを焼いたクロソイを合わせています。魚介の旨みに負けない、野菜の甘みや苦みが感じられる、驚きの一皿。
平田さんはイタリアでもトスカーナ地方の料理に造詣が深く、「僕のスタイルや技法は基本に忠実、あくまでもイタリアン」と言いますが、この料理は、赤ワインにも合うけれど、地元能登でつくられた、きれいな旨みの日本酒にもよく合うのです。
そもそも平田さんがイタリア料理に惹かれたのは、各地域の料理がそれぞれの文化や土地と密接につながっているから。土地と深くかかわり、土地の恵みを生かした料理をつくっていると、イタリア料理も日本料理も根っこの部分はつながっているのかもしれないと思わせる味わいでした。
たくさんの営みを感じながら、自然体で料理をつくる
villa della paceで使う素材は、平田さんがこの土地で知り合った生産者からこのようにして仕入れています。「地産地消を意識しているわけではありませんが、わざわざ外のものを仕入れる必要がない。わざわざ探して仕入れているわけでもないんです」
平田さんが七尾に導かれたきっかけは、東京で働いていたイタリアンレストラン。地域ごとの食材を大切にする店だったため、各地へと視察に出かける中で、魅力的な生産者と知り合った七尾に心惹かれたそうです。自分の店を開くならここしかないという決断に迷いはなかったと言います。
当初、能登の食材で自分にしかできない料理をつくりたいという思いが強くて、うまくいかなかった時期もあったとか。そのときにやったことが里山、里海に足を運んで、土地の食材を勉強し直すことでした。
「野草や山菜、魚介などの素材や地域のこと、昔からつくられてきた料理を改めて学んでいく中で、自分がつくりたい料理はどういうものかを考えたんです。そうして出た答えが、山や畑、海を前にして嗅ぐ香り、そこから広がる風景など、自分が感動したものをそのまま料理にすることでした」
だからこそ「畑」を食べると、口に運ぶたびに驚きと感動があるのかもしれません。
「僕だけじゃ料理はつくれません。土地があって、生産者がいて、器をつくる人がいる。たくさんの営みの中で僕は料理をつくる役割を担っています。能登の自然の中で食事を楽しんでいたら、自ずとそうした背景が感じられる。そんな料理を提供できたらいいなと思っています」と平田さんは穏やかにほほえみます。
窓の外に広がるのは穏やかな海と、その向こうに続く里山。この景色を眺めながら料理をいただいていると、自分もこの景色と営みの一部でありたい、そうなれたらどんなに幸せだろうと切に思うのでした。
villa della pace 平田明珠シェフ
- 東京都練馬区出身。大学卒業後、都内のイタリアンレストランで修業したのち、2016 年に石川県七尾市に移住。レストラン「villa della pace」をオープン。2020 年11 月に七尾市中島町へ移転、1 日1 組限定のオーベルジュとしてリニューアルオープン。paceはイタリア語で「平和」の意味
villa della pace(ヴィラ・デラ・パーチェ )
昼・夜ともに上限2組(宿泊は1組限定)。昼・夜とも暦ごとに変わるコース12000 円(税・サ別)を提供。オーベルジュは1泊2 食付きで1名35000 円(税・サ込)
PHOTO/MASAHIRO SHIMAZAKI WRITING/KAYA OKADA
※メトロミニッツ2021年5月号特集「未来のためのオーガニック」より転載