その野菜の本当においしい食べ方を、人気フードライターの白央篤司さんが、農家さんのキッチンを訪ねて教えてもらう連載エッセイ。今回は、農家さんではなく海女(あま)さんの台所へ!海女さんが日本一多いという三重県鳥羽市を訪問し、今が旬の天然ワカメの食べ方を教わります。
獲れたて天然ワカメのしゃぶしゃぶ
海女の大野愛子さん宅は、石鏡(いじか)港から数分の高台にあった。キッチンからは水平線が見える。まな板の脇に大きなワカメとメカブが並んでいた。どちらも目の前の海で大野さんが獲ってきたもの。
ダイビングが得意で海が大好きな大野さんは1979年東京の生まれ。海女という職業に興味を持って三重に移住し、海女になって5年半が経つ。ちなみに鳥羽・志摩地方は日本で一番海女さんが多くいるエリアなのだ。
「もう煮始めていいですか? メカブは長めに煮たほうがトロトロになっておいしいんですよ」
メカブはワカメの根本部分(*)、フリル状の形が印象的。
「4月までが旬で、メカブが出てくると春だなって思いますよ。こっちではメヒビって呼ばれます」。メカブといえば細切りや叩いてポン酢がおなじみだろうが、小ぶりなものは煮ものにすることが多いそう。そのままめんつゆで煮ればOKの手軽さだ。
ひと口大に切って、フライパンで素焼きする焼きメカブもよくやるとのこと。「おかかをのっけてもいいけど、海の塩味だけでじゅうぶん」。うん、確かに! コリッとした歯ごたえも楽しい。
煮ものは20分ほども煮ていただろうか、実に柔らかい。ずいぶんと食感が変わるんだなあ。
「漁の休憩時に海女さん同士がおかずを持ち寄るんです。先輩が煮たメカブはもっとトロトロでおいしくって。どう料理するかも教えてもらってます」
大野さんは初めて鳥羽の海に潜ったとき、その豊かさにただ圧倒されたと興奮気味に教えてくれた。「森みたい、って。他の海じゃ見たことない……海藻の量がすごいんです」
その森から獲ってきたばかりのワカメをしゃぶしゃぶでいただく。味つけはシンプルにポン酢だけ、際立つのが食感の良さだ。「養殖は柔らかくて、それはそれでおいしいけど、天然だと歯ざわりがしっかり」。図々しいぐらい食べてしまった。
シメはメカブの味噌汁、小さくぶつ切りにされている。汁にとろみがついて、ほんのり磯の香。
メカブって、うま味のあるものなんだな。洋風スープにも使ってみたくなった。どれもシンプル極まりないのに、食べ終えての満足感がすごい。
海藻は海の野菜、大昔から日本人の食卓に欠かせないもの。地味な存在かもしれないが、味わいは滋味そのものだ。
「5月からはヒジキがシーズン、また鳥羽に食べに来てください」と大野さんは笑顔で、潮風の中を送り出してくれた。
*筆者注:正確にはワカメは根を持たないが、分かりやすく根と表現した
【取材風景より】刈り取ったワカメは水揚げされてすぐにメカブ部分とに切り分けられ、塩蔵のための下処理として釜ゆでにされる
【取材風景より】石鏡港のワカメの釜ゆでの様子。お湯に放たれたワカメはみるみるうちに鮮やかな緑色に。あたりには潮の香りが立ち込めていた
伊勢志摩の海女漁文化(三重県鳥羽市)
鳥羽・志摩地方は古くから海女さんによる漁が盛んなところ。大野さんが暮らす石鏡エリアには、現在、約50 人の海女さんがいるという。4 月頃からヒジキ、5 月はアワビやウニ、そして岩ガキ。秋はサザエやナマコと、季節によって獲るものも変わる
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター、料理家。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など。企業へのレシピ提供も定期的に行っている
Photo:KEI KATAGIRI
※メトロミニッツ2021年5月号「行ってきました、農家さんの台所。」より転載