神奈川県の三浦半島の先、三崎で観光以上・移住未満の新しい旅の形「ステイケーション」を取材。三崎港にほど近い商店街にある蔵書室「本と屯」を中心に、町を盛り上げるべく奮闘中の店主・ミネシンゴさんと一緒に、港町のステイケーションをご案内。ここでは、ミネさんとTEHAKUの仲間たちのゆかいなステイケーションをインタビューしてきました。
今特集のステイケーション=物見遊山以上、移住未満の新しい旅
遠方や海外への旅行に対し、自宅から近い場所で休暇を過ごすことを意味する" ステイケーション"。コロナ禍における新しい旅のスタイルとして、日本でも一般的になりつつありますね。そこに編集部独自の解釈をプラスし、暮らしながらローカルの日常を楽しむ滞在型の旅として「ステイケーション」をご提案しています。物見遊山以上、移住未満の新しい旅=ステイケーションで、豊かな暮らしのヒントを見つけて。
◆ステイケーションをより楽しむための2つのポイント
【01】とどまれる場所
その町で本当に愛されているお店やスポットは、町の人が知っています。まずは地域に根ざしたカフェやゲストハウスなど、人や情報が集まる場所をめざし、そこに拠点を構えましょう
【02】つながれる人
おすすめのお店を教えてもらったり、一緒に町を歩いたり。その町の顔とも言えるキーマンとつながることで、ローカルの暮らしを楽しむステイケーションがさらに充実します
《インタビュー》 三崎とステイケーションのいい関係について聞いてきました
三崎の町が心地いいのは、暮らしている実感があるから
バスを降りると、目の前は海でした。漁船や水中観光船が浮かぶ港の上空を、トンビが弧を描くようにのんびりと飛んでいます。東京からそれほど離れていないのにずいぶん遠くまで来たような気持ちになるのは、ここが三浦半島南端の地だからでしょうか。
三浦市三崎で夫婦出版社「アタシ社」を営むミネシンゴさんが、シェアオフィス「TEHAKU」を開業したのは昨年6月のこと。利用料は光熱費・インターネット代込みで1カ月1万5000円と格安で、疲れたら仮眠をとることもできます。
ミネシンゴさん(以下、ミネ)「三崎に住んで3年が経って、仲間を増やしたいという思いから始めました。初期メンバーは全員、東京に住んでいる若いクリエイター。属性の似ている人を集めて、仕事でコラボレーションできたらいいなと思って」
小野寺正人さん(以下、小野寺)「僕は都内の広告代理店に勤めているのですが、コロナ禍で在宅勤務が中心になり、働く環境を変えたいなと思っていた頃に募集を見たんです」
古矢美歌さん(以下、古矢)「私は昔から、都会から少し離れた場所でお店をやりながら暮らすのが夢でした。三崎は神奈川県内でも田舎ですが、完成されていない分、自分でもなにかできることがあるんじゃないかと可能性を感じたんです」
ミネ「定員の倍を超える応募の中からメンバーを選んだ基準はスキルや企業名より、2人のように町になじんでくれるかどうかと、挨拶ができるかどうか。それと、単なる消費者ではなく、提供者になりうる人かどうかということですね。おもしろい人が集まれば、人や町は動くと思うので」
では小野寺さんと古矢さんは、三崎のどこに惹かれたのでしょうか。
古矢「私は大阪の商店街で育ったので、三崎の商店街にもすぐに親しみを持ちました。自分の生活とみんなの生活が交わっている感じがすごく好きだなぁと思って」
小野寺「基本、どこにでも歩いて行けるのもいいよね」ミネ「すべてが最小単位でとどまってるよね。海近いし、商店街あるし。人が暮らすのにそんなにたくさんの物がなくてもいいというのは、僕も三崎に来てからわかったことです」
古矢「ウェルカムな感じはあるけど、ベタベタしすぎないところもいい」
ミネ「三崎は遠洋漁業で栄えて船が出入りしていた土地だし、昔からの観光地でもある。他所から来た人を受け入れる土壌があって、そこが山奥の村なんかと違うところだよね」
TEHAKU 開業後、最初の半年は週3回ほどのペースで三崎に通い、下町エリアでのステイケーションを楽しんでいたという小野寺さんと古矢さん。しかし、時を同じくして都内の住まいを引き払い、三崎に完全移住するという決断をします。これにはミネさんも驚いたそう。
ミネ 「東京の若者2人が同時に移住したこと自体、事件ですよ。僕にとってはTEHAKU が移住のステップになったことも発見でしたね。2人の背中を押したものはなんだったの」
古矢「いちばんは、三崎にいるときの感覚が心地よかったから。あと移住する前から『gooone』の記事の執筆など、この町でお仕事をいただくことができたので、経済的にもなんとかなるだろうと思って」
小野寺「僕はミネさんの“仲間を増やしたい”っていう考えに共感したのがひとつ。もうひとつは、三崎にいると、その土地で生活している実感があるのがいいなと思ったんですよね。昼間行った中華屋の店員さんに夕方またばったり会ったりとか、東京ではありえなかったですから」
ステイケーションの意義は、人とつながることにある
ステイケーションというと、都会の雑音から離れ、ひとり静かに過ごすイメージがありますが、ミネさん曰く、実際はそこに暮らす人たちと関わることに意義があるとのこと。
ミネ「僕個人としては、場所を移動して仕事するだけで終わるものではないと思っていて。その土地にステイするってことは、そこに昔から住んでいる人の理想郷に外来種として入っていくことだと思うの。だから自分よがりでやって来るんじゃなくて、他者と関わりながら、目配りしながらステイすることが大事かなと」
小野寺「確かに人とつながって初めて真の三崎の魅力に気づいた部分はあります。僕、東京にいた頃と比べて、挨拶する回数がとにかく増えたんです。話す中身も“最近どう?”みたいな上っ面な会話じゃなくて、もっと深い話をするようになった」
古矢「私も以前より自分を開くようになったかも。今、本と屯で間借り食堂をやらせてもらっているんですけど、いつかこの町で自分のお店を持ちたいという夢も芽生えました」
小野寺「僕もこっちで会社の人以外と交流してみて、なにかやりたいという気持ちが5倍になりました。今は三崎がもっと素敵な町になるように、いろいろな企画を考え中です」
場所が変わり、付き合う人や食べるものが変わって、初めて自分も変わることができる。その結果、新しい働き方や生き方に気づいたり、それらを拡張することにもつながるのです。のどかな港町で起きているいくつもの化学反応から、暮らしながらローカルを楽しむステイケーションの可能性が見いだせる気がします。
今回三崎を案内してくれたのは、ミネシンゴさん
- 神奈川横浜市出身。美容師、美容雑誌編集者、リクルートにて企画営業を経験した後、2015年に夫婦出版社「アタシ社」を設立。2017年より逗子から三崎に拠点を移し、三崎銀座通り商店街に「本と屯」をオープン。編集を軸に、ローカルや場づくりの仕事に取り組む
今回の三崎の拠点は、本と屯(ほんとたむろ)
三崎港にほど近い商店街にある蔵書室。文学から美術書、マンガまで「アタシ社」の蔵書5000 冊以上をいつでも無料で読めるほか、コーヒーを飲んだり、小上がりで仕事をしたりと使い方は自由自在。
PHOTO/MASAHIRO SHIMAZAKI WRITING/NAOKO OGAWA
※メトロミニッツ2021年4月号特集「メトロミニッツ的ステイケーション」より転載