あなたにとって、東京ってどんな街? 毎月案内人をお招きし、東京の街を巡る連載「東京巡礼」。それぞれの視点で東京を見つめ、思い入れのある場所(=巡礼地)をご紹介します。今回は「パンラボ」主宰・池田浩明さんが、パンの巡礼地・池尻大橋&三軒茶屋をご案内。
「特別」と「日常」が同居する街。そこには、日本のパンを変えた「聖地」がある
今は日本全国においしいパン屋さんがありますが、やっぱり東京がいちばん多くのパン屋さんがあり、レベルも高い。地方から上京してきた職人さんも多くて、みんなが東京一=日本一を目指してがんばっている街。
パンって本来は気軽に毎日でも食べられる「日常」のものだけれど、東京にはちょっと贅沢で「特別なパン」を作っているお店も多い。そんな中で、池尻大橋・三軒茶屋には「特別な日常」のパンを作るお店が集まっているんです。このエリアにはそういう特別なパンを日常に取り入れるような感度の高い人が住んでいて、買いに来てくれる。だから「特別な日常」のパンが成り立つんですよね。
その三軒茶屋にあるのが、僕が「パンの聖地」と呼ぶ「シニフィアン シニフィエ」。「聖地」ってよく使われる言葉ですが、本来はエルサレムとか、限られた場所だけを指す言葉です。エルサレムはイエス・キリストが処刑された地。キリストは、「ゲームチェンジャー」だと僕は思っていて、皆が貧しくて食べ物を奪い合っている時に「皆で与え合おう」と考え方をガラリと反転させた。「シニフィアンシニフィエ」の志賀勝栄シェフもまた、パンの考え方をガラリと変えた「ゲームチェンジャー」なんです。
日本のパンはもともと、パン酵母(イースト)で「膨らませる」ものでした。それを志賀シェフは、そんなに「膨らませない」ことにした。小麦に含まれている糖を栄養とするパン酵母(イースト)を極限まで減らして発酵時間を長くとれば、パンは膨らまないけれど、風味が豊かにできあがる。それにチャレンジしたのが志賀シェフなんです。
志賀シェフは「日本のホテルパンの父」と呼ばれた福田元吉さんの弟子で、「膨らませる」パンのスペシャリストだった。その人がそんなに「膨らませない」という新たなパンの世界の扉を開いてしまった。初めて志賀シェフが作るバゲットを食べた時、小麦の甘さに驚きました。
そんな志賀シェフには、たくさんの弟子たちがいます。多店舗展開を成功させている「沢村」の森田良太シェフ、自身のこだわりを追求する「パン・デ・フィロゾフ」の榎本哲シェフなど、様々なスタイルの弟子たち。今では北海道の「ブーランジェリー コロン」、福岡の「パンストック」など、日本全国に志賀シェフの精神を受け継いだ人気店ができています。「シニフィアン シニフィエ」は日本中のパンを変えた総本山、すなわち巡礼すべき「聖地」なんです。
このエリア周辺にはこのほかにも、様々なタイプの人気店が集まっています。「パンの巡礼地・池尻大橋・三軒茶屋」を、ぜひ巡ってみてください。
今月の案内人/池田浩明さん
佐賀県出身。パンの研究所「パンラボ」主宰、パンライター。国産小麦のおいしさを伝える「NPO新麦コレクション」理事長としても尽力。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『パンの雑誌』(ガイドワークス)など
- ホームページ
- パンラボ
PHOTO/MASAHIRO SHIMAZAKI TEXT/SHINO KAWASAKI
※メトロミニッツ2021年3月号「東京巡礼」より転載