神奈川県鎌倉市
マーケティングやなんとか論から遠く離れたところで
僕にとって鎌倉とは自分のスタイルを学んだ町
かれこれ20年雑誌の編集者をやっていて、全国に知り合いや好きな場所ができましたが、いちばん「縁」ができた場所はどこかと言われたら鎌倉ということになると思います。この町には僕に「生き方」を教えてくれた人が何人かいます。でもたまたまそういう人が鎌倉にいたのではなく、鎌倉という町にそういう人を引き寄せる「なにか」があるのだと、通えば通うほどそう思います。言葉にするとそれは、たぶん町の持つ磁力みたいなものでしょうか。
この町にmoln という雑貨屋さんがあります。その店の店主の佐々木さんは、僕が背中を追いかけている人のひとりです。生き方を学んだというと少し大げさに聞こえるかもしれませんが、僕にとって彼女はそう言っていい存在です。
サラリーマンを長くやっていると、売上げや利益「だけ」がモノサシとして日々の考え方や会話を支配していきます。もちろん仕事は遊びではないし、営利を追求するのは企業として当然のことで、僕も例外なくそのルールに従っています。しかしその売上や利益を最大化し、効率化してそこに到達するために、気付けば僕らは、マーケティングやなんとか論といったものに行動まで支配されてしまっているように感じることがあります。過去に成功した方法。数字を最大化するためのロジック・・・云々。
そして数字を「作る」ことが目的になると、僕らはそこから「楽しみ」を見いだすことを忘れ、ひたすらに成功体験やデータを頼ったりしてしまいがちです。
でもmoln の棚には、あくまで「彼女が好きなもの」だけが並んでいます。そしてその好きの集合体は、年を追うごとにファンを増やしています。おそらく彼女はマーケティングデータを活用していないし、いかなる論にも、お店の経営を頼っていません。彼女が信じているのはたぶん、自分の「好き」という感覚。そしてそこには、多くの笑顔が集まっています。
「会社には多くの人が関わるから、そんな綺麗事だけでできるほどビジネスは甘いものじゃない」。そうやって自分に言い訳するのは簡単なことです。そういう声も聞こえてきそうです。でも僕らは誰かの「好き」が知りたいわけで、数字が好きなわけじゃない。
彼女だけではなく、僕は鎌倉にそういう知り合いがたくさんいます。
自分の好きを押し殺し、自分が思考停止になっていると感じたときに、僕は電車に乗って、その町を目指します。そういう場所がひとつある人生というのは、もちろん悪くないものです。
Illustration/YOSHIE KAKIMOTO
※メトロミニッツ2021年4月号より転載