高知県北川村
人口1300人。
信号もコンビニもない村の
世界基準の「ゆず」の話
繰り返し通っているうちに、そこはもう旅先じゃなくなった
毎年冬が来る頃、この村に点在するゆず畑には、黄色いゆずの実がまるで外灯のない暗闇でキラキラと輝く星のようにたわわに実をつけます。
北川村。高知空港から車で1時間と少しの、このコンビニも病院も信号すらない小さな集落のような山間の村の名前を、たぶんあなたは聞いたことがないと思います。でもこの村は、日本を代表するゆずの産地であり、その収穫量は国内で生産されるゆずの約10%にも上ります。それだけではありません。この村のゆずは日本で唯一厳格な基準をクリアし、EUにも青果玉を出荷しています。フランスの星付きシェフたちはゆずのことをKITAGAWA と呼んでいるそうです。
この村に僕は通い続けています。村を訪れるたびにゆず農家さんのお手伝いをし、ラーメンを食べ(信号はなくても美味しいラーメン屋はある)、フランス以外ではここにしかない「モネの庭」という庭で、ぼんやりと午後を過ごします。そして日が暮れる頃には温泉に入って、いつもより早く眠ります。「それはただの旅で、この村以外でもできるではないか?」 そう言われると少し困ってしまうのですが、少なくとも僕はそれを旅という言葉で表現することに、少しの違和感を覚えるようになりました。
昨年のコロナ禍で身動きがとれないときに、村から段ボールいっぱいの野菜が届きました。その中には北川村の仲間からの手紙が添えられていました。
台風が日本に近づくたびに、気付けば東京よりも、高知県中芸地区(北川村を含むこのエリアは台風の通り道になることが多い)のことが気になるようになりました。
食卓には北川村で収穫された「ゆず果汁」が常に置いてあります。高知県の東部エリアで「柚の酢(ゆののす)」と呼ばれるそれは、お味噌汁に、刺身に、天ぷらうどん(絶品)に、寿司酢にと、高知県民の日常の食卓に欠かせない食の文化です。僕は納豆にこの柚の酢をかけるたびに、村のみんなの顔を思い浮かべます。
それらが東京で暮らす自分自身の毎日のリズムを、ほんの少しだけ変えてくれます。「そんなことで?」とあなたは思うかもしれません。でも僕たちの暮らしは、案外そういう小さなことの集積でできているんじゃないかと、そう思ったりもするのです。
「僕たちは日本に住んでいる」。つい忘れてしまいがちなそのことを思い出させてくれるのは、いつもそういう「ローカル」の豊かさなのです。
Illustration/YOSHIE KAKIMOTO
※メトロミニッツ2021年2月号より転載