その野菜の本当においしい食べ方を、人気フードライターの白央篤司さんが、農家さんのキッチンを訪ねて教えてもらう連載エッセイ。今回は、今が旬のフキ。煮物以外は食べたことがないという人も多いのでは・・・ということで、日本一の生産地、愛知県知多半島へ行ってきました!
フキの色は春の色。春をいただくフキの献立
「フキは富貴(ふうき)につながるんだよ」なんて教えてくれたのは、今はもうない飲み屋のご主人だった。語呂合わせとは思いつつ、以来フキはおめでたい食べものとして心に刻まれている。だからいただくとき、なんとなくありがたい気持ちになる。
愛知県の知多(ちた)半島はフキの一大産地。
「祖父の代からフキを育てています」という、竹内健統(たけのり)さんのお宅を訪ねれば、妻の百利華(ゆりか)さんがたくさんフキごはんを作って待ってくれていた。
「きんぴらはよくやります。先にゴマ油でニンジンを炒めて、しんなりしたところにフキを入れて、白だし(*)と砂糖で味つけ。私はちょっと甘めが好きだけど、唐辛子を入れる人も。おつまみなら辛めがいいかな」
フキのみどりとニンジンの朱(あか)、なんともいいコントラスト。白だしを使うのはフキの色を活かすためだ。
*かつお節や昆布、椎茸などからとっただしに、酒やみりん、塩、薄口醬油や白醤油などを加えた調味料。愛知県中部にある醸造メーカーが発祥
「サラダはね、シーチキンやコーンなんかと一緒にマヨネーズで和えただけ」。
わ、マヨとフキが相性いいなんて知らなかった。さっぱりスルスル食べられるなあ、このときはフキをななめ切りにするのだそう。あえて刻んだハーブをひとつ足してみたくもなった。
「炊き込みごはんはお義母さんが作ったの。白だしと醤油、砂糖にみりんでニンジン、油揚げ、チクワを煮て、煮汁と一緒にごはんを炊いて、刻んだフキを混ぜます」
フキは加熱すればするほど色が悪くなるから、と。
ただ、きゃらぶきは色を気にしない。
いわばフキの佃煮。醤油、砂糖、みりんでしっかりと煮込む。名古屋でおなじみの天むすに添えられているアレである。ちなみにフキは板ずり(塩してまな板などの上で転がす作業のこと)して、塩水で湯がいたのちに、スジを取る下ごしらえが必要。そこから、きんぴらやサラダにする。
「でも、きゃらぶきは何もせずそのまま煮ていいんです。ゆっくり加熱するのがポイントでね。昔は火鉢で、今はストーブの上で煮ています。そのほうが、おいしく仕上がる」と教えてくれた。
「今年のフキはいいですよ、冬が寒かったからね。冬に冷えが入らないと、春に太いのが伸びてこない」と健統さん。暖冬は敵、と言ったあと「でもあんまり寒くても、こっちはつらいけど」と笑った。
フキの色は翡翠(ひすい)の色によく似ている。吸い込まれるような深みのあるみどり。あの色を目にすると、春だなあ……と毎年思う。春色は桜色だけじゃない。
【取材風景より】竹内健統(たけのり)さんのフキの栽培場。取材は3月上旬。出荷のピークを迎え、収穫作業の真っ最中だった
【取材風景より】収穫したばかりの春フキ。藁を編んだ「コモ」に包んで作業場に運んだあと、長さや太さなど規格ごとに仕分けをし、梱包して出荷する
愛知早生フキ(愛知県知多半島)
フキは数少ない日本原産野菜のひとつで、全国で自生している。現在流通しているフキの約7割が「愛知早生(わせ)」という品種で、愛知県知多半島は日本一の生産地。フキは10月から5月にかけて収穫ができ、春のフキは特にやわらかく、みずみずしい
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター、料理家。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など。企業へのレシピ提供も定期的に行っている
Photo:KEI KATAGIRI
※メトロミニッツ2021年4月号「行ってきました、農家さんの台所。」より転載