あなたにとって、東京ってどんな街? 毎月案内人をお招きし、東京の街を巡る連載「東京巡礼」。それぞれの視点で東京を見つめ、思い入れのある場所(=巡礼地)をご案内します。
今回のゲストはマニアックです。これを読んで荒木町を歩くと東京の景色が変わります
「東京には実は坂が多い」。就職で上京し、都内を歩いて最初に僕が感じたことでした。憧れの東京に住めることが嬉しくて、時間があれば都内をひとり歩き回りました。やがて僕は向かい合う坂道、あるいは谷間の存在に気付き始めます。それは山あり谷ありと言うよりも、平坦な土地に突然現れる窪地や谷地でした。形状的な印象からそれを「スリバチ」と名付け、僕は地形に着目した東京探索を始めました。
東京には渋谷や四谷、千駄ヶ谷、幡ヶ谷、谷中など「谷」の付く地名が多く、その名が示すように谷間が多いことがこの町の地形的特色となっています。さらにそれら谷間を流れる川の水源は、スリバチ状の窪地となっている場所が多い。「そんな場所、どこにあるの?」と疑問を抱かれる方が多いかと思いますが、その代表的スポットが吉祥寺駅の南にある井の頭池です。あそこが神田川の水源なんですよ。都内には同じようなスリバチ状の窪地が無数に存在し、今でも湧水池が残る場所もあります。新宿御苑や有栖川宮記念公園、白金自然教育園の池は、もともと湧水が作ったものなのです。
スリバチ状の窪地や谷間では、池や川が見られるだけでなく、時間が止まったような下町風情のローカルタウンが残っていたりします。近代的なビルが建ち並ぶ都心の中でも、谷間には木造の長屋や路地が息づいている。歩くことでタイムスリップしたような不思議な体験ができるのも、スリバチ巡りの楽しみのひとつです。
今回、巡礼地として選んだ「荒木町」は、東京スリバチ学会にとっては聖地のような場所。なぜならここが四方向を崖で囲まれた正真正銘のスリバチ地形だからです。谷底には「策の池」と呼ばれる池が残っていますし、石畳の坂道が独特な雰囲気を醸し出しています。
。江戸時代、この一帯は大名屋敷でしたが、明治以降は花街(三業地)として賑わいました。芸者さんたちが路地や石段を行き交う時代があったのです。現在は個人オーナーの個性豊かな飲食店が多く集まり、都会の隠れ家的な輝きを放っています。10年ほど前になりますが『タモリ倶楽部』というテレビ番組で、タモリさんをご案内した思い出の街でもあります。
荒木町周辺には、ほかにもユニークな谷町が点在しています。興味を抱いた方は、ぜひ地形に着目しながら歩いてみてください。東京の意外な一面を知ることができるスリバチでは、新たな出会いが待っているかもしれないのですから。あるいは、新たなる自分を発見できるかもしれません。
今月の案内人/皆川典久 さん(東京スリバチ学会会長)
群馬県前橋市生まれ。2003年に東京スリバチ学会を設立し、凹凸地形に着目したフィールドワークで観察と記録を続けている。2012年に『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社)を、2020年末には『東京スリバチの達人』(昭文社)を上梓。今日の地形ブームを牽引し『ブラタモリ』にも出演
PHOTO/MASAHIRO SHIMAZAKI
※メトロミニッツ2021年3月号「東京巡礼」より転載