東京の景色が変わる!東京スリバチ学会会長がスリバチの聖地・荒木町をご案内_東京巡礼【連載】

更新日:2021/02/20

あなたにとって、東京ってどんな街? 毎月案内人をお招きし、東京の街を巡る連載「東京巡礼」。それぞれの視点で東京を見つめ、思い入れのある場所(=巡礼地)をご案内します。

スリバチ(1)「饅頭谷」/江戸城外濠の建設に利用された紅葉川の源流にあたる饅頭のような形をした窪地。窪地の底にはかつて木造家屋が集まる住宅地があったが、近年再開発され超高層マンションが建つ

今回のゲストはマニアックです。これを読んで荒木町を歩くと東京の景色が変わります

「東京には実は坂が多い」。就職で上京し、都内を歩いて最初に僕が感じたことでした。憧れの東京に住めることが嬉しくて、時間があれば都内をひとり歩き回りました。やがて僕は向かい合う坂道、あるいは谷間の存在に気付き始めます。それは山あり谷ありと言うよりも、平坦な土地に突然現れる窪地や谷地でした。形状的な印象からそれを「スリバチ」と名付け、僕は地形に着目した東京探索を始めました。

スリバチ(2)ジク谷/その名は「湿気の多い谷間」だったことから付けられた。現在は「あけぼのばし通り」と呼ばれる商店街が谷筋に続く。お台場に移転する前のフジテレビ本社が近くにあったため、かつては「フジテレビ通り」と呼ばれていた

東京には渋谷や四谷、千駄ヶ谷、幡ヶ谷、谷中など「谷」の付く地名が多く、その名が示すように谷間が多いことがこの町の地形的特色となっています。さらにそれら谷間を流れる川の水源は、スリバチ状の窪地となっている場所が多い。「そんな場所、どこにあるの?」と疑問を抱かれる方が多いかと思いますが、その代表的スポットが吉祥寺駅の南にある井の頭池です。あそこが神田川の水源なんですよ。都内には同じようなスリバチ状の窪地が無数に存在し、今でも湧水池が残る場所もあります。新宿御苑や有栖川宮記念公園、白金自然教育園の池は、もともと湧水が作ったものなのです。

スリバチ(3)暗闇坂の谷/永井荷風が「雑草生茂る有様何となく物凄い坂」と紹介した暗闇坂の下から続く狭隘な谷間で、現在は寺町となっている

スリバチ状の窪地や谷間では、池や川が見られるだけでなく、時間が止まったような下町風情のローカルタウンが残っていたりします。近代的なビルが建ち並ぶ都心の中でも、谷間には木造の長屋や路地が息づいている。歩くことでタイムスリップしたような不思議な体験ができるのも、スリバチ巡りの楽しみのひとつです。

スリバチ(4)「荒木町の窪地」/湧き出た水の作った谷筋の出口を土盛り(ダム)で塞いだため、4方向を崖で囲まれた正真正銘のスリバチ状の地形(一級スリバチ)となっている。都内でも稀有な場所で、地形マニアの聖地

今回、巡礼地として選んだ「荒木町」は、東京スリバチ学会にとっては聖地のような場所。なぜならここが四方向を崖で囲まれた正真正銘のスリバチ地形だからです。谷底には「策の池」と呼ばれる池が残っていますし、石畳の坂道が独特な雰囲気を醸し出しています。

スリバチ(5)「鮫ヶ橋谷」/谷筋を鮫が遡ってきたとの伝説も残る細長い谷筋。この谷筋を源流とする赤坂川は、赤坂見附で溜池に注いでいた。2016年に公開されたアニメ映画『君の名は。』のラストシーンで、この谷筋へと降りる須賀神社の男坂が登場した

。江戸時代、この一帯は大名屋敷でしたが、明治以降は花街(三業地)として賑わいました。芸者さんたちが路地や石段を行き交う時代があったのです。現在は個人オーナーの個性豊かな飲食店が多く集まり、都会の隠れ家的な輝きを放っています。10年ほど前になりますが『タモリ倶楽部』というテレビ番組で、タモリさんをご案内した思い出の街でもあります。

スリバチ(6)「若葉公園の窪地」/「四ツ谷」の名の元になったとされる四つの谷のひとつで、赤坂川の支流が流れ出ていた。谷頭付近が若葉公園として整備され、崖下では湧水も見られる。南向きの斜面地には寺院が並ぶ

荒木町周辺には、ほかにもユニークな谷町が点在しています。興味を抱いた方は、ぜひ地形に着目しながら歩いてみてください。東京の意外な一面を知ることができるスリバチでは、新たな出会いが待っているかもしれないのですから。あるいは、新たなる自分を発見できるかもしれません。

今月の案内人/皆川典久 さん(東京スリバチ学会会長)

群馬県前橋市生まれ。2003年に東京スリバチ学会を設立し、凹凸地形に着目したフィールドワークで観察と記録を続けている。2012年に『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社)を、2020年末には『東京スリバチの達人』(昭文社)を上梓。今日の地形ブームを牽引し『ブラタモリ』にも出演

PHOTO/MASAHIRO SHIMAZAKI
※メトロミニッツ2021年3月号「東京巡礼」より転載

※記事は2021年2月20日(土)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります