更新日:2017/06/13
金と首の取り違い。すし桶のトリックが明かされ、家族の嘆きがこだまする
恋する歌舞伎:第23回「義経千本桜」三段目「すし屋」
日本の伝統芸能・歌舞伎。興味はあるけどちょっと難しそう・・・なんて思ってない? そんな歌舞伎の世界に触れてもらうこの連載。古典ながら現代にも通じるストーリーということを伝えるために、イラストは現代風に超訳してお届け。第23回 恋する歌舞伎は、「義経千本桜」三段目「すし屋」に注目します!
【1】一家にやってきた草食系男子。父の計らいで娘と夫婦になる予定なのだが・・・
吉野の下市村で、すし屋を営む弥左衛門(やざえもん)家族は、妻、息子、娘と四人暮らしだが、今は弥助(やすけ)という青年を住み込みで働かせている。娘のお里は、ちょっと頼りないが、どこか憂いを帯びていて品のある弥助にぞっこん。そんな弥助とお里は、弥左衛門の提案で祝言を上げる運びとなった。これから夫婦になるのに、いつまでも他人行儀な弥助に対して、お里はもっと親しく接して欲しいと、「自分を呼び捨てにし、夫として威張ってもらう稽古」をつけるほど。そんなのどかな一家の日常に、暗雲が立ち込める。
弥左衛門の長男、つまりお里の兄は、“いがみの権太”と通称があるほど、近所でも有名な不良息子として知られている。あまりの素行の悪さに勘当されてしまったが、今日は金をせびるため実家にやってきたのだ。権太は、自分に甘い母を騙して金を巻き上げることに成功する。とそこへ、折り合いの悪い父が帰ってくるので、権太は金をすし桶の中に隠し、ひとまず奥へと退散するのだった。
【2】勇気を出して今日はあの人を強引に誘おう!が、待ち受けていたのは悲しい真実
今日はお里にとって新婚初夜。おぼこなお里だが、今日こそはと勇気を出して、遠回しながら弥助を寝所へと誘う。それでも動かない弥助なので、お里はいじけてひとり寂しく床につく。弥助は衝立の向こう側で「実は僕には妻子がいる。だから床を一緒にするのは許して欲しい」と告白! しかしお里は寝てしまったのか、反応がないので眠りにつくことにする。と、そこへ高貴な身なりの美しい女性が、子供を連れて一夜の宿を求めこの家を訪ねてくる。弥助が迎えると、立っていたのは、妻である若葉の内侍(ないし)と子・六代君(ろくだいのきみ)だった!
弥助と名乗るこの男の正体は、何を隠そう平清盛の孫・平維盛(たいらのこれもり)。平家である維盛は、源氏方に追われる身であり、維盛の父に恩がある弥左衛門にかくまわれていたのだ。維盛親子三人は、思いがけない再会と互いの無事にむせび泣く。何も知らなかったお里は、衝立の向こうで一部始終を聞かされ、自分の恋心は所詮届くはずがなく、夢物語であったのだと気づかされる。潔く維盛のことをあきらめたお里は危険が及ばないよう、維盛たちを父の隠居所へと逃すのだった。しかし折り悪く、兄の権太もこの一件をすべて見聞きしていた! 妹が制するも利かず「突き出して金にしよう」と、先ほど隠したすし桶を抱えて駆け出していく。しかしこのすし桶には金ではなく、人の首が入っているのだ。
【3】田舎の家族の日常が一転。気がつけば大きな政治ドラマに巻き込まれていた・・・
と、この家に源氏方の使者・梶原景時(かじわらかげとき)が家来を従えやってくる。源氏は平家を根絶やしにしようとしているため、平家の残党である維盛の首を求めて来たのだ。梶原は弥左衛門に「維盛の首を差し出せ」と命じるが、そこへ息子の権太が、縛り上げた若葉の内侍親子を引き連れやってくる。そして「維盛の首だ」とすし桶を差し出すではないか。梶原はその首を「維盛の首に間違いない」と判断し、権太に褒美の陣羽織を与え、生け捕りにした若葉の内侍親子と共に去っていく。
黙っていられないのは父の弥左衛門。彼は先般、梶原から維盛の首を差し出すよう命令されており、困った果てに偶然見つけた別人の死骸を切断し、ニセ首として差し出そうとすし桶の中に隠していたのだ。これまで綿密に立てていた計画が、不良息子によって全て台無しにされたのだ。弥左衛門は、とうとう権太を刀で斬ってしまう。実の父に手を下され、意識が遠のく中、権太が絞り出した真実は誰も予想しないものだった。
【4】改心するのがあと少し早かったならば。過ぎた時間は誰にも戻せない。
権太は不良息子ではあったが、根は真っ直ぐな男。機会を見つけて改心しようと思っていた。そんな中、金を隠したはずのすし桶と取り違え、弥左衛門の隠した首のすし桶を発見する。父がニセ首を差し出して維盛を逃がそうと計画していることを察し、自分も助力しようと思っていたのだ。その証拠に、権太が笛で合図をすると、維盛と若葉の内侍親子が姿を見せる。では、先ほど縛られていた親子は一体誰なのか・・・。
身代わりにしたのは、権太の妻と息子。二人を人質に立てて油断をさせ、維盛の逃亡の手助けをするつもりだったのだ。それを聞いた弥左衛門は、なぜもう少し早く改心をしなかったのだと嘆く。維盛はこの家族の惨劇を目の前に、頼朝への恨みを込めて権太が褒美としてもらった陣羽織を切り裂く。すると陣羽織の内側に、数珠と袈裟が縫い込まれていることに気がつく。頼朝はかつて維盛の父に命を救われた過去があり、その恩に報いようと維盛に出家を促し、命を救おうとしていたのだ。ボタンの掛け違えから、大きな政治抗争の犠牲になった権太。彼は家族に見守られながら、ひっそりと息をひきとるのだった。
「義経千本桜」三段目「すし屋」とは
歌舞伎三代名作の一つに数えられる『義経千本桜』の全五段中、三段目にあたる。人形浄瑠璃(文楽)で延享4年11月竹本座にて初演。翌年5月中村座にて歌舞伎初演。竹田出雲・並木千柳・三好松洛による合作。
監修・文/関亜弓
歌舞伎ライター・演者。大学在学中、学習院国劇部(歌舞伎研究会)にて実演をきっかけにライターをはじめ、現在はインタビューの聞き手や歌舞伎と他ジャンルとのクロスイベントなども行う。代表を務める「歌舞伎女子大学」では、現代演劇を通して歌舞伎の裾野を広げる活動をしている。
イラスト/カマタミワ
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