恋する歌舞伎

更新日:2017/08/10

強いだけの男じゃない。師匠と許婚のため、敵討ちの旅がいま始まる

恋する歌舞伎:第26回「彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」

第26回 恋する歌舞伎は、「彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」の九段目「毛谷村(けやむら)」に注目します! 日本の伝統芸能・歌舞伎。興味はあるけどちょっと難しそう・・・なんて思ってない? そんな歌舞伎の世界に触れてもらうこの連載。古典ながら現代にも通じるストーリーということを伝えるために、イラストは現代風に超訳してお届け。

【1】剣術の達人が試合に負けた、そのワケは。

恋する歌舞伎

主人公の六助は剣術の名手であり、その実力は領主から仕官の誘いを受けるほど。しかしその申し出はなかなか受け入れられないので、「六助に勝った者には知行(ちぎょう:武士に支給された土地)を与え、召しかかえる(家来にする)」という触れ書きまで出ている。これに名乗りをあげたのは弾正(だんじょう)という男。大勢が見守るなか立会いが行われ、六助はこの試合に負けてしまう。しかしこの勝負、実は六助が弾正に勝ちを譲った八百長試合だったのだ。

六助は数日前に偶然、弾正と出会っており、「余命幾ばくもない母親のために孝行がしたいので、勝ちを譲って欲しい」とあらかじめ頼んでいたのだ。心優しい六助はその孝行心に感じ入り、約束通りわざと試合に負けたのだった。

【2】突然現れた怪しい虚無僧。その正体は女性でしかも・・・!

恋する歌舞伎

六助は独身であるが、弥三松(やそまつ)という幼い子どもと暮らしている。この男の子は、ある日見知らぬ老人を助けたとき、その死の際に託された子なのだ。六助は不器用ながらも懸命に子育てをし、ここで匿っていると身寄りの人が気づけるよう、弥三松の着物を門口に掛けて暮らしている。

ある日、その着物に気づいた怪しげな虚無僧が、六助に向かって「家来の敵!」と言いながら斬りかかってくる。虚無僧が偽物だと見破っていた六助は余裕の体でかわし、さらには女性であると悟る。この不審人物の正体、実は弥三松の叔母であったのだ。素性がわかり安心した六助は、彼女にこれまでの経緯を一部始終説明する。それを聞いた女はこれまでと態度を一変、急にしおらしくなり「私はあなたの女房です」と申し出る。

【3】次々発覚する新事実。そして予想もしなかったスピード婚!

恋する歌舞伎

実は、この女性は吉岡一味斎(よしおかいちみさい)の娘・お園。一味斎とは六助の剣術の師匠であり、彼は六助の人柄と能力を見込んで、娘の結婚相手にしようと決めていた。つまり、六助とお園は顔を合わせたことはないが、許嫁という間柄だったのだ。

突然の思いがけない事実に戸惑いながら、まんざらでもない2人。それはそうと、六助はお園に一味斎の安否を尋ねると「父は同じ家中の者に殺害され、父親の敵を打とうとした妹も返り討ちにされました」と語る。悲しみにくれる2人に、奥の一間から声をかけたのはお幸という、さきほど六助に一夜の宿を求めこの家に通されていた老女。これまた偶然にも、このお幸は一味斎の妻、つまりお園の母親であったのだ。お幸は六助に夫の形見の刀を与え、お園と祝言させるのだった。

【4】運びこまれた老婆の遺体。孝行息子のフリをしていた男は因縁の敵だった!

恋する歌舞伎

折からここへ、杣(そま:きこり)の斧右衛門(おのえもん)が仲間たちと共に、母親の死骸を運びこみながら「この敵を討って欲しい」と懇願する。その死骸をよく見ると、なんと弾正が孝行したい母だと言い同行していた老女であった! 弾正は六助の優しさにつけ込み、斧右衛門の母を自分の母だと嘘をつき、六助に勝ちを譲ってもらうという計画を実行。用済みとなった老女を殺害したのである。しかもお幸の所持していた人相書と、お園が所持する妹の死骸に落ちていた臍緒書(ほぞのおがき:今でいう出生証明書)から、弾正こそ、一味斎を殺害した京極内匠という男であることがわかる。怒りにうち震える六助は、一味斎とその家族であり妻となったお園の敵討ちを遂げるため、衣服を改め、敵の後を追うのだった。

「彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」とは

天明六年(1786)年、人形浄瑠璃として大阪竹本座で初演。原作は梅野下風、近松保蔵の合作。歌舞伎では九段目に当る「毛谷村」の上演頻度が高い。六助は実在した「毛谷村六助」、または宮本武蔵をモデルにしているなどの説がある。許嫁のお園は「女武道」と呼ばれる、女性ながらにして武芸に秀でる役柄。女性らしい優しさや艶やかさも併せ持つのが特徴。

監修・文/関亜弓
歌舞伎ライター・演者。大学在学中、学習院国劇部(歌舞伎研究会)にて実演をきっかけにライターをはじめ、現在はインタビューの聞き手や歌舞伎と他ジャンルとのクロスイベントなども行う。代表を務める「歌舞伎女子大学」では、現代演劇を通して歌舞伎の裾野を広げる活動をしている。

イラスト/カマタミワ

こちらもチェック!動画で楽しむ「恋する歌舞伎」

恋する歌舞伎

おうち時間やランチタイム、ちょっとした休憩時間に、歌舞伎のストーリーを動画で勉強してみよう。現代風にアレンジした読みやすい内容と、絶妙に笑える超訳イラストで、初心者でも気軽に楽しめるはず。

『恋する歌舞伎』バックナンバー

※記事は2017年8月10日(木)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります

TOP