更新日:2016/09/27
癖も罪もすべて包み込む、理想の夫婦ここにあり
恋する歌舞伎:第14回「ぢいさんばあさん」
日本の伝統芸能・歌舞伎。興味はあるけどちょっと難しそう・・・なんて思ってない? そんな歌舞伎の世界に触れてもらうこの連載。古典ながら現代にも通じるストーリーということを伝えるために、イラストは現代風に超訳してお届け。第14回 恋する歌舞伎は、「ぢいさんばあさん」に注目します!
【1】結婚してもラブラブ!そんなカップルに訪れた、つかの間の試練
旗本・美濃部伊織(いおり)と妻・るんは生まれたばかりの子どもと3人で仲睦まじく暮らしていた。この夫婦は人も羨む鴛鴦夫婦(おしどりふうふ)だがある日、るんの弟・久右衛門(きゅうえもん)が、友人との些細な喧嘩が発端で事件を起こしてしまう。結果、義兄である伊織が責任をとって地方での勤めを任されることになり、伊織とるんは離れて暮らすことに・・・。
今日は旅立ちの前日。姉夫婦に改めて謝罪と礼を言いにやってきた久右衛門だが、相変わらずの仲良しぶりを見せつけられる。るんは伊織の「鼻を触ってしまう癖」を、子どもをあやすようにとがめたり、伊織は蚊に刺されたるんの頬につばをつけてなだめたりと、弟の前であろうとお構いなし。久右衛門は空気を読んで早々に立ち去る。2人きりになり、祝言のときに植えた桜の木をしみじみと眺める伊織とるん。「一年交替の勤めであるから、来年は一緒に桜を楽しめるだろう」と気丈にふるまうが、内心は寂しくてたまらない。来年の花の盛りにはきっと帰ってくるからと、伊織はるん手製の守り袋を胸に旅立つのであった。
【2】単身赴任中に起こった大事件!2人の未来に暗雲が立ちこめる
3カ月後、伊織は赴任先の京都にもなじみ、今日は同僚たちと月見酒を楽しみながら、最近手に入れた刀を披露している。この刀だが、大変高価なため下嶋(しもじま)という同僚に足りない分の金を借りて購入した品だった。しかし友人の間で評判がよくない下嶋を、伊織はこの宴席に招待しなかった。
すると下嶋はどこかでこのことを聞きつけ「金を貸したのに自分を招かないというのはどういうことか」と宴を壊しに泥酔状態でやってきたのだった。
慌てる伊織は、下嶋から「この刀で人が切れるか」と迫られもみあううちに、勢い余って斬りつけてしまい、その拍子に下嶋は欄干から河原に落ちてしまった! 冷静になったときにはもう遅い。るんからもらった守り袋に向かってただ謝ることしかできない伊織なのだった。
【3】次代の夫婦が預かった家、桜、そして夫婦の愛
それから37年後の春。伊織夫婦が住んでいた屋敷の庭の桜の木も今では美しい花を咲かせている。家主が不在の間、この屋敷を守ってきたのは、久右衛門の息子夫婦の九弥(きゅうや)ときくだった。かつての伊織とるんのように、仲睦まじく暮らしていたが、彼らは今日でこの家を立ち退くことにする。なぜなら越前の国へお預けの身となっていた伊織が、今年ようやく許しが出て、この家に帰ってくるからだ。自分にとっては叔父であり、父・久右衛門にとっては大恩人である伊織のことを常々聞かされていた久弥は、夫婦にとっての37年という歳月について、妻と共に思いを馳せる。もし自分がるんの立場になったら・・・と考え思わず泣き出すきく。自分たちは何があっても一緒にいようと、かつての伊織夫婦と同じように指切りをしてその場を立ち去る2人であった。
【4】哀しみを超えての再スタート。2人の生活はこれから始まる
誰もいなくなった屋敷にやってきたのは、白髪で足取りもおぼつかなくなり、すっかり変わった姿の伊織。37年ぶりの我が家で懐かしそうにくつろぐ。
そこへやってきたのは伊織がいない間、筑前国黒田家の奥方のもとで仕えてきたるん。年老いたために、顔を合わせてもお互い気づかなかったが、伊織の鼻を触る癖は変わっておらず、すぐにるんは夫だと気づく。再会の感動を分かち合い、37年の時間の経過をしみじみと語り合う2人。離ればなれになり、事件があり、さらに子を疱瘡で亡くしと、さまざまな哀しみを乗り越えてきた。「余生を送るのではない。生まれ変わって新しい暮らしを始めるのだ」と伊織がいうように、待ちに待った満開の桜の下で、2人の時間はこれから動き出すのだった。
「ぢいさんばあさん」とは
昭和26年(1951)年7月歌舞伎座、大阪歌舞伎座で同時に初演された宇野信夫作の新作歌舞伎。原作は大正4年(1915)9月に雑誌『新小説』に発表された森鴎外の小説。歌舞伎に脚色するにあたり、老夫婦と対比させる若夫婦を登場させたり、庭の桜の成長で年月を思わせたりと工夫が凝らされている。
監修・文/関亜弓
歌舞伎ライター・演者。大学在学中、学習院国劇部(歌舞伎研究会)にて実演をきっかけにライターをはじめ、現在はインタビューの聞き手や歌舞伎と他ジャンルとのクロスイベントなども行う。代表を務める「歌舞伎女子大学」では、現代演劇を通して歌舞伎の裾野を広げる活動をしている。
イラスト/カマタミワ
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