OZmall×Berry's Cafe短編小説コンテスト入選作品『愛を紡いで、キスをして。』
女性サイト「OZmall」と大人女性に人気の小説サイト「Berry's Cafe(ベリーズカフェ)」がコラボレーションしたクリスマス限定企画。憧れホテルを題材にした「短編小説コンテスト」には、わずか2週間という短い応募期間に、なんと144もの作品が集結。その144作品から選んだ“4つのショートストーリー”を今回一挙ご紹介
更新日:2016/12/22
その不器用なくちびるで。たった一言の愛を紡いで。未来を誓うキスをして。
「たぶん休日出勤だろうな」
濡れた髪を拭きながら落とされた恋人の言葉に、あくまで平静を装った。
冷蔵庫からビールを出そうとしている彼が背中を向けてくれているおかげで、小さなため息は誤魔化せたはず……。
十一月もあと数分で終わるという日、『今年のイヴとクリスマスはどうする?』なんて訊いた私に告げられたのは、ちょっぴり浮かれていた気持ちを打ち消すような返答。
八年近くも付き合っていて、その半分の月日は同棲までしていて、今さらクリスマスに甘いムードを期待していたわけじゃないけれど。
それでも、心のどこかでは“今年こそは”と思っていなかったわけじゃないから、少しだけ、ほんの少しだけがっかりしてしまった。
「今、仕事が立て込んでてさ」
「そっか」
「悪いな」
「ううん、仕方ないよ。和也(かずや)にとって、今は大事な時期なんだもん」
私の隣に腰を下ろして申し訳なさそうに微笑した和也は、缶ビールのプルタブを開けたあと喉を鳴らして飲み、一日の疲労を込めたような長い息を吐いた。
「遅くなるかもしれないけど、イヴの夜は大丈夫だと思うから外で食おう。優子(ゆうこ)の好きそうな店、探しておくよ」
彼に優しく微笑まれて、笑顔を返した。
というよりも、そうすることしかできなかった。
大手製薬会社に勤めている和也は、今年度から任される仕事が一気に増えたようで、今まで以上に多忙な日々を送っている。
彼の仕事のことはよくわからないけれど、同棲していれば最近は特に忙しいのだということはわかっていたし、仕方がないとも思える。
ただ、もしかしたら……という期待を密かに抱いていた私は、和也の表情から今年も期待してはいけないのだと察して、内心では落胆せずにはいられなかった。
仲は良いと思うし、お互いのこともよく理解していて、倦怠期という感じもない。
それなのに、八年も一緒にいても未来の約束を口にしてもらえない。
八年も付き合っているから、とか。
お互いのことをよく理解し合っていて、一緒にいてとてもラクだから……とか。
長すぎる春を過ごしていることに焦りつつも“別れ”を選べない理由はたくさんあるけれど、どんな言い訳を並べても最後に辿り着く理由はただひとつ。
だって、私は彼のことを愛しているから──。
*****
クリスマスカラーに染まった街には、カップルや家族連れの姿が目につく。
イヴの今日は土曜日だということもあるのか、まだ日が暮れる前なのにどこも人々で溢れていた。
予定通り休日出勤することになった和也は、今朝もいつもと同じ時間に身支度を整えて家を出た。
ただ、いつもと少しだけ違ったのは、オーダースーツを身に纏っていたこと。
大事な商談がある時のような特別な日にしか着ないスーツ姿の彼に理由を尋ねたら、『今日は俺の人生で一番重要な日になるかもしれないから』とどこか緊張した面持ちで笑っていた。
見送る時に『頑張ってね』としか言えなかった私に、和也は小さく頷いただけだったけれど、仕事は上手くいったのだろうか。
彼のことだから私が心配する必要なんてないのかもしれないけれど、多忙な日々を送っていることを知っているからこそ、成功を願わずにはいられなかった。
和也に指定されたカフェへの道中、賑やかな街中なのに潮の香りが感じられたのは海が近いからだろう。
三日前、彼から告げられた待ち合わせ場所は、お台場だった。
和也とのデートでは数えるほどしか行ったことがないから珍しく思っていると、彼は『たまにはいいだろ』と微笑んだ。
たしかに、どこか新鮮な気持ちにはなったし、予約してくれたお店の名前は秘密だと言われたこともあって、少しだけドキドキもしている。
仕事のためとは言え、いつもとは違うスーツを着ていた和也に合わせて、私もたまにしか出番のないワンピースを選んだ。
コートの中のネイビーのワンピースは、シンプルで綺麗目なデザインだけれど、五分丈のチューリップ袖になっていて可愛さもある。
アクセサリーはパールのネックレスと誕生日に彼からもらったピンクゴールドのブレスレットを着けて、マロンブラウンの髪は両サイドを捻ってうなじが見えるように緩く纏めてみた。
スカートやワンピースは好きだけれど、八年も付き合っていれば普段はカジュアルなスタイルになりがちだから、和也の前でこんなにおしゃれをしたのは久しぶりだ。
イヴの雰囲気に背中を押されるように選んだワンピースの裾が揺れる度、なんだか心がフワフワとしていた。
待ち合わせの時間を五分ほど過ぎた頃に、【遅れる】というメッセージと謝罪の言葉が送られてきた。
よくあるパターンに苦笑が零れ、【大丈夫】と【気をつけてね】と可愛い絵文字付きで返す。
仕事だから仕方がないとは思うのに、楽しそうなカップルに囲まれてひとりでカフェラテを飲んでいる今は、その絵文字とは裏腹にため息が漏れた。
和也とは大学で出会い、サークルのクリスマスパーティーの帰りに彼から告白されて付き合うことになった。
『好き』なんて滅多に言わない人だけれど、優しくて努力家で、私のことを大切にしてくれる。
ただ、社会人になってから一気に忙しくなった和也は、いつからか仕事を理由に遅刻やドタキャンを重ねるようになり、付き合って三年が経つ頃には喧嘩が増えた。
その解決策として始めた同棲は私たちの喧嘩を減らしてくれたけれど、代わりに良くも悪くもこの関係が変わる気配もなくなってしまった。
どんどん結婚や出産をしていく周囲を見ていると、どうしても不安になってしまう。
だけど……。
彼の気持ちを確かめる勇気はないまま、八回目の記念日となる今日を迎えてしまった。
大切にしてくれているけれど、和也は私との関係を進展させるつもりがないのかと思うほど、“結婚”という言葉に触れることはない。
日に日に不安が募り、仲のいい同僚には『さっさと別れたら?』なんて言われてしまうこともあるから、本当にこのままでいいのか……と悩んでしまうけれど──。
「悪い!」
それでも、息を切らして額にうっすらと汗を掻きながら私のもとに来てくれた和也を見た瞬間、やっぱり彼との未来を信じたくなってしまった。
何度、こんな気持ちにさせられたのだろう。
告白されて付き合い始めたはずなのに、いつの間にか私の想いの方がずっと大きくなってしまっているみたいだ。
少しだけ悔しくなりながらも「お疲れさま」と微笑むと、和也はホッとしたような笑みを零したあと、「行くぞ」と私の手を引いて立ち上がらせた。
「えっ?」
「遅刻しておいて悪いけど、ギリギリなんだ」
腕時計に視線を遣った彼の横顔には焦りが混じっていて、本当に時間がないことを悟る。
ひんやりとした大きな手を離さないように、私は履き慣れないヒールをカツンと鳴らした。
「ここって……」
和也に連れてこられた場所は、お台場にあるベイホテル。
レストランやバーを始め、チャペルやフィットネスまであり、ハイフロアからはレインボーブリッジと夜景が望めることもあって特にカップルに人気で、スタッフの対応もとても細やかなところまで行き届いているのだとか。
雑誌にもよく掲載されていて、ネットの口コミでもいつも人気ランキングの上位に入っているから、一度泊まってみたいと思っていた。
今日は宿泊するわけじゃないけれど、予想だにしなかった場所に連れてこられたことに驚いてしまって、私の手を引いてロビーを抜ける彼の顔を見上げた。
「最上階のレストランのクリスマスディナーを予約したんだ」
「えっ!?」
「たまには、こういうところもいいだろ?」
にっこりと微笑まれて、思わず言葉を失った。
ベイホテルの最上階のレストランでディナーができるなんて思ってもみなかったから、まだ思考が追いつかないのだ。
もちろん嬉しくて堪らないけれど、せっかくの憧れのホテルの雰囲気を楽しむ余裕もないままエレベーターに乗せられ、あっという間に三十階に着いた。
「いらっしゃいませ」
ウエイターに丁寧な身のこなしで出迎えられ、無意識に背筋が伸びる。
窓際のテーブルに案内された直後には目の前に広がる夜景に息を呑み、ウエイターが引いてくれた椅子に腰を下ろすまでに時間を要してしまった。
ふたり並んで窓に向かって座ると、すぐにシャンパンが用意された。
「一日早いけど、メリークリスマス。それと、八回目の記念日のお祝いも」
「……うん、メリークリスマス。それから、八年間ありがとう」
「こちらこそ」
シャンパングラスを小さく鳴らして乾杯をし、キラキラと輝く景色に目を奪われながらひと口飲んだ。
上品な香りのシャンパンは飲みやすく、グラスの中で踊る泡がテーブルに置かれたキャンドルと重なると幻想的で、それだけで酔ってしまいそうになる。
程なくして運ばれてきた料理は、アミューズと二品の前菜を始め、ムース状のスープも鮃のポシェも牛フィレ肉のポワレも、感激するほどの美味しさだった。
デザートのベリー系のムースも絶品で、アミューズからデザートに至るまで見た目にも味にも何度も感動させられた。
人生で一番素敵なディナーの時間はあっという間に過ぎていき、名残惜しさを抱きながらレストランを後にした。
和也からのクリスマスプレゼントのネックレスはずっと欲しかった物だったし、私がプレゼントした腕時計もとても喜んでくれたから、文句のつけようもないようなイヴになった。
それなのに、どこか寂しさを感じてしまっているのは、やっぱり淡い期待が実ることはなかったから……。
イヴのデートで、記念日で、八年も一緒にいるのに、私たちの関係が進展することはなくて、幸せなはずなのに不安と寂しさが芽生えたのだ。
だけど、素敵な夜を演出してくれた彼に悟られたくなくて精一杯の笑顔でお礼を伝えようとした時、乗っていたエレベーターのドアが二十五階で開いた。
「言っておくけど、クリスマスはこれからだからな?」
「え?これから?」
意味深な笑みを浮かべる和也に反して、その言葉の意味がわからない私は、彼に促されるがままエレベーターを降りることしかできなくて……。
いくつかのドアを通り過ぎたあとにカードキーを見せられ、瞳を大きく見開いた。
「嘘……」
「どうぞ」
カードキーで開いたドアの先には、まるで夢のような空間。
広いソファーやテレビが置かれたリビングを抜けると寝室があり、その先には白で統一されたバスルームがチラリと見えた。
目の前のダブルベッドの奥の大きな窓の向こうには、宝石を敷き詰めたような夜景が広がっている。
その中でひと際存在感を放っている東京タワーとレインボーブリッジを見た時には、絵画のような景色に心を奪われて目が離せなくなった。
程なくしてデラックススイートルームだと教えられて、言葉を失ったまま呆然としていると、和也が瞳をフッと緩めて笑った。
「さすがに最上階は無理だったけど、今日は特別な日だから」
そう話した彼がポケットから取り出したのは、小さな箱。
なにが入っているのかはすぐにわかって、箱が開けられた時には瞳に涙が浮かんでいた。
「長い間待たせたけど、俺にはこれからも優子が必要なんだ。だから、結婚してください」
ドラマでよく聞くような台詞だけれど、和也から一番欲しかった言葉をようやく聞けたことに胸がいっぱいになって、涙を堪えることができない。
そんな私に向けられた破顔があまりにも優しくて、掠れた声で「はい」と零して大きく頷いた。
嬉しそうに微笑んだ彼に左手を取られ、薬指にダイヤのリングが嵌められる。
そっと顔を上げると、幸せそうな笑顔に見つめられていた。
「愛してるよ」
少しだけ照れ臭そうにした和也が、私の頰を伝う涙を拭うと、ゆっくりと顔を近づけてきた。
瞳を閉じた私は、まるで夢の中にいるような空間で素敵な夜景に包まれながら、世界で一番大切な人とそっと唇を重ねた──。
---END---
この小説の作者紹介
そもそも「Berry's Cafe(ベリーズカフェ)」って?
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