OZmall×Berry's Cafe短編小説コンテスト入選作品『クラブ・ラグジュアリフロアで逢いましょう』
女性サイト「OZmall」と大人女性に人気の小説サイト「Berry's Cafe(ベリーズカフェ)」がコラボレーションしたクリスマス限定企画。憧れホテルを題材にした「短編小説コンテスト」には、わずか2週間という短い応募期間に、なんと144もの作品が集結。その144作品から選んだ“4つのショートストーリー”を今回一挙ご紹介
更新日:2016/12/22
予報を超えた積雪に帰宅困難になった志緒。空いている部屋は会員専用の高層階の部屋のみ・・・
ああ……。
顧客との軽い打ち合わせを終えてホテルのロビーでため息をついた。一足早いホワイトクリスマスといえばロマンチックだが、師走の喧騒の中、そんなふうには思えない。
オフィス近くのホテル。ロビーは雰囲気がいいからときどき商談に利用させてもらっている。
12月の中旬、初雪が降ると今朝の天気予報で知った。マンションのドアを開いた瞬間に肌を刺した冷たさにこれは降りそうだと実感したが、積雪1センチなら特に支障はないとたかをくくっていた。
しかし。大きな窓ガラスの向こうにはテニスボールのような大粒の雪がぼさぼさと落ちている。歩道のツツジの植え込みにはすでに綿菓子のような雪。かろうじてアスファルトの上は溶けていたけれど。
電車が止まる前に帰宅したい。まずオフィスにもどって今預かった案件をまとめて、それから明日が期限の社内プレゼンの資料を仕上げて、それから……。
腕時計を見るとすでに17時を過ぎていた。
頭が痛くなってきた。終電でもぎりぎり終わるかという作業内容にため息が出る。たぶん今夜は帰れそうにない。でもオフィスに泊まるのは難しい。昨今の節電事情で居残りは制限されていて、22時にはすべての照明と空調が落とされてしまうから。こんな夜に暖房が切れたら凍死してしまう。
しょうがない。宿をとっておこう。今ならまだ空室もあるだろう。そう思ってフロント前で順番待ちをする列に最後尾についた。
ようやく自分の順番になる。
「え? 高層階のラグジュアリフロア?」
「申し訳ございません」
そのスタッフは頭を下げた。シングルがなければツインでもいい、1泊したいと告げると、もう満室とのことだった。もともと人気のあるホテルだったとはいえ、平日なのに、と驚いた。
「1室も?」
「はい。この天候で延泊されるかたも多く、空いているのは会員制の高層階のみになっております」
会員制の高層階……。恐る恐る値段を尋ねると、通常のツインの4倍ほどした。会員制なので予約は会員優先だが、ビジター料金を支払えば一般客も宿泊可能とのこと。値の張るだけあって部屋は広く、ベッドもキングサイズ、調度品もアンティークで落ち着く部屋だとスタッフは説明した。会員しか入れない最上階のバーやフィットネスクラブ、プールバーもある、と。
ボーナスもはいったことだし……。普段頑張っている自分へのご褒美としてその部屋を予約した。
私はオフィスに戻り、仕事を片付けた。再びホテルに戻るときには歩道も真っ白になっていた。転ばないようにヒールを垂直に降ろしながらゆっくりと歩く。いつもは残業帰りのスーツたちに占領されている歩道もガラガラ。ビルの軒先にある自販機も寂しく光を放ち、その先のコンビニも暇をもてあました店員がぼんやりと立ち尽くしている。
ホテルの玄関で頭と肩に降り積もった雪を払う。指先はかじかんで感覚をなくしていた。目の前のロビーの明るさにほっと息をつくが、中の異様さに目がいった。
スーツを着たビジネスマンが床に座り込んでいる。ソファに横になっているひとも。
自動ドアを抜けてロビーに入ると、中は騒然としていた。夕方に来たときに聞こえていたBGMもざわつきで消されている。スタッフに事情を聴くと、電車が止まり、足止めを食らった人たちにロビーを開放しているのだとか。ビジネスマンがほとんどだが家族連れもいた。すでに毛布が配られ、それぞれに休んでいる。そんなひとたちを横目にちょっぴり申し訳ない気持ちで私は高層階に向かう専用エレベーターに乗り込んだ。
到着した先はクラブ・ラグジュアリフロア専用のロビーだった。やわらかい絨毯、間接照明の穏やかな光、ほんのり漂う桜の香り。冬の東京にいることを忘れてしまう。重厚感のあるアンティークなソファでは恰幅のいい白髪のビジネスマンたちが談笑していた。このフロア専用のフロントでチェックインの手続きをし、部屋に入った。
広めの玄関の向こうには20畳はあろうかのリビング、中央にはソファセットがゆったりと置かれていた。窓辺にいき、白のレースカーテンを開けると雪は相変わらず大きな塊で落ちている。眼下に広がる夜景に息をのんだ。ビルや家の屋根は白く、明かりに照らされて幻想的な光景。こんなきれいな夜景……。オフィスの近くにこんな素敵な空間があったなんて。
とりあえずリフレッシュしようと備え付けのミニ冷蔵庫を開けた。そこにはクウォーターサイズのシャンパン。飲みたいけれど、栓を開けるのが大変だ。あとでスタッフに開けてもらおうと再び冷蔵庫に瓶を戻し、代わりに缶ビールをつかむ。
ソファに腰かけ、クラブ・ラグジュアリフロアの利用案内をめくった。25階、つまりロビー階にあるプライベートラウンジではコーヒーや紅茶、そして軽い食事やホテル専用スイーツが自由に楽しめることになっている。隣にはプライベートバーもあり、ウイスキーやカクテル、日本酒など様々なアルコールが用意されているらしい。フィットネスルームとプールバーもあり、もちろんこれらはクラブ・ラグジュアリフロアに宿泊するものだけが利用を許されている。
プールにいってひと泳ぎしよう、そしてジャグジーにつかろうか。こんな雪の日に水に飛び込む大人もいないだろう……都会のおしゃれな空間を独り占め、悪くない。
窓のそとの雪をぼんやりと眺める。ひと足早い自分へのクリスマスプレゼントだ。
*-*-*
フロントでロッカーキーとレンタル水着を受け取り、穏やかな時間が流れるロビーを抜けてプールに向かった。着替えとシャワーを済ませて中に入ると温室独特の湿気が肌を包む。ロビーとは違うミントの香りは爽やかだ。パシャリパシャリと軽い水音がする。ひとり占めをするつもりがプールには先客がいて、中央で水しぶきを上げていた。その水しぶきはあっという間にゴールし、優雅にターンをすると再び遠ざかる。浅黒い肌、たくましい肩と腕が見えて、男性だとすぐに認識した。
私も準備体操をすると彼の隣のレーンに飛び込んだ。水泳は得意だ。ややひんやりする水の感触を楽しみつつ、体を動かした。2往復して底に足を付けると、その男性がこちらを向いていた。
「ねえ、君。泳ぐのうまいね」
「ありがとう。中学までやっていたの」
「この階に泊まっているの? 会員?」
私はかぶりを振る。ビジターだと告げると彼も同じだといった。この雪で大阪に戻れなくなり、仕方なく泊まる、と。すっきりとした二重瞼、鼻筋の通ったイケメンだった。年のころは……30過ぎ。にっこりと笑うと大人びた顔がくしゃっとなって子犬のようだ。そのあと彼は眼鏡を装着すると再び水の中で魚と化した。私も彼に続いた。30分くらいそうしていた。
どうせ暇なのだし、と思って二人で丸いジャグジーにつかった。たわいもない話をした。大阪ではこんなたこ焼きがはやっている、とか、水族館で面白いぬいぐるみが売っているとか。ぬるめに設定された湯温は長話をするにはちょうど良かった。
プライベートバーで一緒に飲もう、と誘われ、私たちはプールから出た。支度を整えてからバーで集合、と話をすると、ロビーでスタッフが話し込んでいる。私と彼……設楽さん……はお互いに顔を合わせた。
「どうしたんですか?」と彼。
「いえ。お騒がせいたしました」と頭を下げるスタッフ。
「でもなにかあったんですね?」と私。
話を聞くと、1階のロビーで休憩していた赤ちゃんが発熱したとのこと。ご両親は病院に行くほどではないからこのまま朝までロビーでいいと言っているが、そういうわけにもいかない。通常のフロアも満室、このラグジュアリフロアも満室。この雪では近場のホテルも満室だろう。スタッフは頭を悩ませていた。
「私の部屋を」
重なる声。それは隣にいる設楽さんと私の声だ。
「でも君が部屋を提供したら君はどこで」
「私がロビーで寝る。体力には自信があるもの」
「だったら僕が」
そんな小競り合いをして。
「じゃあ、僕の部屋に君も泊まる? もちろん君さえ良ければだけど」
「でも」
「もちろん僕は紳士です。襲いません」
「私も淑女だし」
ふたりでうなずき、ほほ笑んだ。
*−*−*
荷物をまとめて彼の部屋に移動した。彼の部屋もスイートだったが、若干作りが異なっていた。ベッドが並ぶ寝室のほかに6畳の和室がある。お茶を楽しめるようにと設定された部屋らしい。
「僕は和室で休むから。君はベッドをつかって」
「ありがとう。そうする」
「じゃあ、バーに行こうか」
ふたりでプライベートバーに向かった。ホテルからのサービスだと、カクテルを1杯ごちそうになった。桜の木の一枚板というカウンター、キャンドルの炎、心地よいジャズの生演奏。夢心地だった。
「そういえば」
「そういえば?」
「下のロビーにもうひと家族、いなかったか?」
来たときの記憶をさぐる。私が見た家族連れは幼稚園か小学生のお子さんがいて、赤ちゃんはいなかった。ということは、もう一つ別の家族が……?
「いたと思います」
「どうしようか」
「そうですね」
私たちは再びうなずいた。
*−*−*
ロビーでカップ酒をあおり、毛布にくるまる。私たちは彼の部屋も別の家族連れに譲った。
「君も変わってるね」
「設楽さんこそ」
暖房もきいていて温かい。すでに眠っているひともいた。私たちは近くのコンビニでお酒とおつまみを買い、ロビーの隅で壁により掛かり飲んでいる。部屋を譲ると申し出たときにはホテルのスタッフも恐縮していたけれど、小さな子どもたちを見て遠慮もしてられないと思ったようだ。
*-*-*
ピチピチ、ちゅんちゅん。爽やかな小鳥の声とピアノの調べが耳をくすぐる。ホテルのBGMだ。壁にもたれて寝ていたから背中と腰が痛む。伸びをしようと腕を動かそうとしたら、私の肩にもたれかかる何か。
設楽さん。
スースーと規則的な寝息を立てて、私に寄りかかり眠っていた。整った顔に窓からの光が差し込む。まぶたが動き、彼も目を覚ました。
あまりの近さにドキリとした。
「おはよう……ござい、ます」
「おはよう。ごめん、いつの間にか僕が寄りかかっていたね」
「いえ……」
なんとはなしに見つめ合う。私の胸はとくんとくんと音を立てた。彼も目を逸らす気配はない。射貫かれたように私は動けなくなった。
「あ、止んだね、雪」
大きな窓から真っ白な明かりが差し込んでいた。ビルの合間からのぞく太陽と照らされた雪の相乗効果でさらに眩しく輝いていた。
*-*-*
そのあとはラグジュアリフロアにもどってラウンジで朝食を取った。部屋を譲ったご家族とも顔を合わせてしまい、何度も頭を下げられた。宿泊代金はホテルの計らいで階下のツインと同料金にしてもらったことを聞き、私も彼も胸をなでおろした。そしてホテルから私たちにプレゼントが。
「今回ご協力いただいたお礼です」
それぞれに封筒が渡された。中にはクラブ・ラグジュアリフロアの利用チケットが入っている。
私はこの近くに勤めているから使う機会もある。設楽さんに聞いてみると、上京する機会は年に何度かあるけど、こっちのほうにはあまり来ないとのこと。
「私、買い取りましょうか」
「いや、いい」
「でも」
「また来たいから。いいホテルだし、今度はプライベートで来るよ」
「そうですね」
プライベートで……その言葉にチクリと胸が痛んだ。こんなに素敵な人だ、恋人がいるに決まってる。
ふう、と気付かれない程度のため息をついてうつむいた。
「君さえよければ、君に会いに来てもいい?」
「え……?」
思わず顔を上げた。設楽さんは微笑んで優しく私を見つめる。
「ダメかな」
「いえ! とんでもない! 私も嬉しいです。あっ……その!」
愛の告白をしてしまったようで恥ずかしさに顔が熱くなった。
じゃあ連絡先を、と彼は手帳を取り出した。私も慌てて手帳を出す。
朝食を終えてホテルをあとにする。新しい恋に私は足取りも軽やかにオフィスに向かった。
---END---
この小説の作者紹介
そもそも「Berry's Cafe(ベリーズカフェ)」って?
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