OZmall×Berry's Cafe短編小説コンテスト大賞受賞作品『一人の部屋と二人の夜』
女性サイト「OZmall」と大人女性に人気の小説サイト「Berry's Cafe(ベリーズカフェ)」がコラボレーションしたクリスマス限定企画。憧れホテルを題材にした「短編小説コンテスト」には、わずか2週間という短い応募期間に、なんと144もの作品が集結。その144作品から選んだ“4つのショートストーリー”を今回一挙ご紹介
更新日:2016/12/22
会いたいから会いに行く? 会いたいから会いに来る? 今夜、たった一言の勇気を。
「……どうしよう」
ベッドの端に腰掛けて、一人ポツリと呟いた。
まだまだ寝る気はないというのに部屋のメインの照明は落とし、枕元の間接照明だけを灯してある。
もう一時間ほどこうしているのだが、一向に決意が固まらない。
それどころか、考えれば考えるほど恥ずかしく思えてきて、すぐ側にある枕をぎゅーっと抱きしめた。
隣の部屋があるほうの壁をチラッと見て、ため息を一つ。彼は今、何をしているのだろう。
会いたいとたった一言だけ口に出せたら、前に進めるかもしれないのに。
ここは都内にある、いわゆる高級ホテル。
重厚感漂う扉から一歩足を踏み入れると、美しく輝くシャンデリアが歓迎してくれる。
客室の窓からは、まるで運河のような光溢れる夜景を一望出来て、いつまでも眺めていたくなる。
隣の客室にいる佐伯一哉(さえき かずや)という男は、会社の同期だ。
何故私達がこんな高級ホテルに宿泊することになったかというと、それはつい先程このホテルで開かれた結婚披露宴に参加したからだった。
とても有難いことに、デザイン会社に勤める私と佐伯が今回手掛けたのが、このホテルのチャペルのリニューアルだったのだ。
完成して間もない今日、一番にそこで式を挙げたのがホテルのオーナーの息子で、是非ご一緒にと招待された。
チャペルはとても素晴らしい仕上がりだと喜んで頂けて、プライベートでは泊まれないようなこの場所に一泊していってくれとまで言われてしまった。
それで恐縮ながらも私と佐伯は、隣り合った部屋に宿泊することになったというわけだ。
ベッドサイドのデジタル時計を見て、いつの間にか随分時間が経っていることに気が付いた。
その間ずっと抱き締めたままの枕は温かくて、ふかふかで気持ちがいい。顔を埋めると石鹸の香りがした。
佐伯と一緒に働くようになって、もうすぐ五年。
入社当初から意気投合した私達の関係は、どこまでいってもただの同期でしかなかった。
お互いに困ったことがあれば何でも相談したし、別れた相手への愚痴を聞き合ったこともある。
どんな風に仕事をするか、次にどう動くかまでわかるようになって、家族以上に同じ時間を過ごす仕事仲間は、良い意味で空気のような存在だった。
そんな二人が変わり始めたのは、三ヶ月ほど前のこと。
彼氏の浮気に気付いて別れた私が、佐伯を飲みに誘った時だった。
「なんかもう、恋愛するの疲れたかも。相手のこと信じられなくなりそう」
「キッパリ別れて正解だな。早く次に進めるだろ?」
「今は全然次のことなんて考えられないよ」
「……俺だったら、そんな顔させないのに」
え?と思ったのと同時に、妙に納得したのを覚えている。
そして気付いてしまった。佐伯のことなら無条件に信じられることに。
ただその時は、佐伯がどんなつもりでその言葉を言ったのかわからなくて、深く考えないことにした。
自惚れるつもりはなかったし、佐伯とはいつまで経っても一緒にいられるような、安定した関係を保っていたかったのだ。
だけどそれから私は、ことあるごとに佐伯に振り回されるようになった。
ある時は私を家まで送ってくれて、またある時は目を細めて髪を撫でられた。
明らかに今までと違う距離感に戸惑って、上手く言葉を返せなかったこともある。
佐伯と一緒にいるときに恥ずかしいだなんて、感じたことなかったのに。
そして、初めて佐伯からデートに誘われた日に、私はようやく自覚することになる。
普段見慣れているスーツとは違う私服を見た時、いつもよりラフにセットされている髪を見た時、私に歩幅を合わせてくれていることに気付いた時、確かに胸が高鳴ったのを感じた。
この気持ちは何なのか考えながら向かった映画館、暗闇の中でそっと手が触れた瞬間に、胸元を掻きむしりたくなった。
早くなった鼓動と顔に集まった熱が、私に強く訴えかけてきて。
唐突に、理解した。
私はこの人と、仕事のことを抜きにしてもずっと一緒にいたいのだと。
他の人と付き合っても、結局いつも佐伯の所にいた。一番近くにいて離れたくないのは佐伯だった。
つまり佐伯だって同じように、いつも私の側にいたのだ。
そのことに気付いた時、もしかしたら私達は同じ気持ちなんじゃないかと思った。
聞きたいのに聞けなくて、少しだけ怖くて、だけど近い距離にいる。
そんな状態のまま今日を迎えて、結婚式に招待された。
幸せそうな新郎新婦を眺めながら、どうしても隣に座る佐伯を意識してしまっていた。
もし、目の前の幸せそうな二人のようになれる日が来るなら。そんな想像を一人でして一人で照れくさくて、だけどそうならなかった時のことを考えて一人で落ち込んで。
佐伯は、どんなことを思いながら式に出席していたのだろうか。
そして披露宴が終わり部屋へ戻る途中、二人きりのエレベーターの中で、佐伯は私の左手を握った。
ドキッとする私に気付いたのか気付いてないのか、そのまま薬指の根元に指を滑らせて、こう言った。
「まだ誰にも予約されてないよな?」
それぞれの部屋のカードキーを持ってドアの前に立った時、まだ離れたくない、もっと一緒にいたいと言ってしまいたかった。
でも出来なかった。とても幸せそうな結婚式を目の当たりにして、流されているだけだと思われたら嫌だったから。
おやすみ、と言って部屋に入っていく佐伯に、私もおやすみ、とだけ声をかけた。
一人ではこの部屋は広過ぎる。
寂しい。会いたい。顔を見て話して、確かめたい。
電話しようか。メールだけ送ってみようか。
何て言う?会いたいからそっちに行ってもいいって?
ぐるぐると同じことを考えてはやめ、考えてはやめ、そうして今に至る。
座り込んだベッドの上、すぐ横に置いてある携帯を見て、着信がないことを確認してため息をついた。
こんな風に会いたいと思っているのは私だけなのかもしれない。
だけど、じゃあさっきの言葉の意味は何なのだろう。
先に期待させるようなことをしたのは間違いなく向こうなのだ。直接気持ちを言ってくれたことはないから確信は持てないけれど、同じ気持ちだと期待するくらいは許されるだろう。
今日、この夜を逃したらきっと明日からも変わらず、ただの同期だ。
何かを変えるなら今ここで踏み出さなければ、曖昧な関係のままずるずるしてしまいそうな気がする。
そうしたらどんどんタイミングを逃して、いつかものすごく後悔する日が来るかもしれない。
明日の朝にホテルの二階で朝食をとる時まで会わないとすると、私の勇気は今よりもっと萎んでしまうことだろう。
「……ああ、もう!」
ベッドから立ち上がり、見事な夜景へと近付いていく。
大きな窓に手を当てるとひんやりと冷たくて、いつもより自分の体温が上がっているような気がした。
———わかっているつもりだ。私はもう子供じゃない。
こんな時間に会いたいと言って、もし佐伯も同じ気持ちだったとしたら、会って少し話しておやすみなさい、では済まないだろう。
結婚式の余韻に仕事への達成感、それに高級ホテルというシチュエーションで、好きな人と同じ部屋にいれば。
それをわかった上で、それでもいいと思ってしまう程度には、佐伯のことを好きになっている。
むしろ、私はそれを望んでいるのかもしれない。
仕事の時や食事の時とはまったく違う、”オトコ”の佐伯はどんな顔をするのだろう。
考えるとドキドキして、そんな自分が重症に思えて、火照った顔に手を当てた。
突然、ベッドに放ったままになっていた携帯が音を立てた。
一人きりの静かな空間にいたので、驚いて小さく声を出してしまった。
こんな時間に一体誰からだろう。
窓から離れて、携帯を手に取った。
別に期待していたわけじゃない。連絡が来るかもなんて、思っていなかった。
メールの差出人が”佐伯一哉”と表示されているのを見て、途端に心臓がばくばくと大きな音を立て始めた。
メールの内容は、まるで私の心を読まれたかのようだった。
たった一言、”会いたい”。
震える手で必死に携帯を握り締めた。意味もわからず涙が出そうになる。
嬉しくて嬉しくて、誰もいないのをいいことにベッドに飛び乗った。
やっぱり今夜何かが起きる。
深呼吸して、正座して、発信ボタンを押した。
呼び出し音を聞いている時間がやたら長く感じられて、携帯を持っていないほうの手でシーツをぎゅっと掴んだ。
「……はい」
スピーカーから聞こえてきた佐伯の声に、息が詰まりそうになった。
どうしてかいつもより数倍甘さを増したその声が、耳から全身へ愛しさを流し込んでくるようだ。
「……さ、えき」
「ごめん、起こした?」
「ううん、起きてた」
佐伯はよかった、と呟いて、少し笑った。
その笑顔が見たい。電話越しなんかじゃ、満足出来ない。全然足りない。
「………私も、会いたい」
いつもより声が高かったかもしれない。少し震えていたかもしれない。
だけどこの一言を発するだけで精一杯だった。
緊張して喉がカラカラで、自分が自分じゃないみたいで。
佐伯は少しの間何も言わなかった。
そのかわり、ガタガタと物音が聞こえてくる。
もしかして、聞こえなかったのだろうか。もう一回言う勇気はもう残ってないのだけれど。
どうしようかと思った時、佐伯が声を出した。
「鍵、開けて」
「え?」
意味がわからず首を傾げると、部屋のドアが控えめにノックされた。
「ここ、開けて」
佐伯の声が耳元から聞こえているのか、ドア越しに聞こえてきているのかよくわからなくなった。
すぐそこに来てくれている。
会いたいと言ったら、会いに来てくれた。
勢いよく立ち上がり、小走りでドアの前に行った。
でも鍵を開けようとした時、佐伯が「やっぱり待って」と言った。
顔が見られる寸前で止められて、戸惑ってしまう。急に不安になってきてドアから手を離した。
すると、佐伯も同じように不安なようだった。
「……もし今、このドアを開けてもらってそっちの部屋に入ったら、さ」
「うん?」
「俺、何もせずにいられる自信、ない」
「!」
「だからお前が嫌なら、開けないでくれ」
そんなことを言う佐伯が愛しくて、大切で、甘い気持ちが込み上げてくる。
どうして今までの五年間平気で側にいられたのか、不思議になってくるほどだ。
いつもいつも、最後には佐伯の隣に居座っていたのに。
私は少しも迷うことなく、ドアの鍵を開けた。
ドアを開けると、普段は一切見せることのない、情けない顔をした佐伯が立っていた。
その様子に笑ってしまいそうになった瞬間、ぐいっと腕を引かれてよろけそうになる。気が付けば、きつく抱き締められていた。
そのまま部屋に入って、肩口に顔を埋められた。
オートロックのドアが閉まると同時にカチャッと鳴り、二人っきりの空間が出来上がる。
心臓の音は、自分のものか、佐伯のものか。
体を離して見上げると、今度は切なそうな表情の同期がそこにいる。
目が合ったら逸らせなくて、見つめ合った。
離れたくなくて、首に腕を回した。
これでもう、ただの同期じゃなくなった、と思った。
「……好きだ」
唇が触れる直前、佐伯が掠れた声でそう言った。
さっきは堪えた涙が、ついにこぼれ落ちてしまった。それを親指でそっと拭ってくれる。
返事をするように目を閉じると、温かい唇が降りてくる。
一緒に過ごしてきた日々を噛み締めながら、長い長いキスを交わした。
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この小説の作者紹介
そもそも「Berry's Cafe(ベリーズカフェ)」って?
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