OZmallが贈るクリスマスストーリー第3話「危険かもしれない。けど、やめられない。」
女性サイト「OZmall」が贈る、ホテルで繰り広げられるクリスマスストーリー。遠距離恋愛、幼なじみ、運命の出会い、逆プロポーズなど、クリスマスを前に、さまざまな男女に起こるホテルでの“4つのショートストーリー”をお届け。
更新日:2016/12/07
【第3話・前編】金曜日の夜。度々訪れるホテルのバーで「隣、いい?」ある男性に出会い・・・
山積みのタスクを全て投げ出して、会社を定時に上がる。副都心線の電車に駆け込み、渋谷駅へと向かった。
ああ、やっと金曜日・・・!
今週は忙しくて、水曜のレディースデーに映画を観ることもかなわなかった。
ぼろ雑巾のような気分で憔悴している自分をどうにか甘やかしたい・・・と向かったのは、ホテルのバー。
エスカレーターを上がり広々としたロビーに入ると、自分へのご褒美タイムが密やかに幕を開ける。
ロビーの真ん中で存在を示す現代アートのような生け花は毎月その様相をガラリと変え、空間全体の雰囲気をも巻き込んでしまう。今月は花のみならず果実の使われた斬新な作品で、思わず近くに寄って観察する。
最近はバーを目的に来るけれど、ここのホテルには昔いちど友人と泊まったことがあった。部屋には壁一面に窓が広がっていて、そこから眺める東京のシティ夜景にはしゃいだのももう数年前のこと。
月日が経つのは本当に早い。
また泊まりたいな・・・次は彼氏と・・・って、いないけど。
毎度おなじみ、オチを付けて自分の中でネタと化している回想を終え、バーのある最上40階へと向かう。エレベーターから降りてバーの方へ歩を進めると、真正面に見えるのはまるで外の風景が絵画のごとく壁いっぱいに広がった窓。
まずはここから景色を楽しむのがお決まりだ。
今日、定時になると同時に会社から逃げ出してきたのは、日没直後の空が見たかったから。
陰影のせいでスモーキーなブルーグレーとピンクに分かれた雲が、夕日とは別の色を加えて空をカラフルにするマジックアワー。
シティ夜景もロマンティックで綺麗だけれど、夕日が落ち始めて雲の白が染まっていくこのひとときは、ひとりの時間と相性が良い。
高層階から臨む渋谷の街はまるでジオラマのようで、いつも翻弄されている賑わいをこんな高くから見下せる機会なんてそうそうない。その光景はわかりやすい非日常だった。
冬の日の短さはすさまじく、あっという間に太陽が沈んで夕方から夜へと街が姿を変えていく。すると東京タワーのオレンジがくっきりと夜空に浮かび、トーキョーの混沌を象徴する夜景に、ランドマークとして華を添える。
昔から東京タワーが好きだ。
特殊な街を静かにずっと見つめてきた、男性的とも言える包容力が好きだ。
スカイツリーの夜景もモダンな感じがイマドキでかっこいいけれど、わたしはあの燃えるようなオレンジの光に今も魅了されている。
一通り景色を堪能し終え満足すると、バーに足を踏み入れた。
壁に飾られた著名人の写真を横目に迷わずカウンター席の方へと身体を向ける。
カウンターの奥にはゆったりとしたスペースが広がり、高級感あふれる革張りの黒いソファチェアとテーブルが気持ちのよい距離感で散りばめられている。
壁にはアンディ・ウォーホルのリトグラフが4枚掛けられ、そこは限りなくシックで大人な空間に仕上げられていた。
視線を手前に戻すと、あの窓際席が見えた。東京タワー夜景が一望できる、特等席だ。
これだけ景色を気に入っておいて、2年前からわたしはここに来るとカウンターを希望する。
あの窓際席で始まって終わったつかの間の恋が、わたしをそうさせているのかもしれない。
『最近、ずっとカウンターですね』
バーテンダーが、わたしを案内しながら言った。
「ひとりの夜には、ちょうどよくて」
あれは2年前の冬。
小さな会話と12月の寒さが、あの時のまま保存されていた記憶を鮮やかによみがえらせる――
――2年前――
『もう11月も終わりですね、早いなぁ。・・・今日はどんな気分?』
顔見知りのバーテンダーがドリンクメニューを渡すことなくわたしに尋ねる。来るたび「こんなのが飲みたい」と頼んで作ってもらっていたら、いつしかそんな心地よいやりとりが定着した。
「う~ん、なんか甘いの、作っていただけますか?」
『疲れてるのかな。じゃあ、金曜日だし、甘め強めでお作りしますね』
そうしてわたしのためのお疲れ様ドリンクを調合し始める。バーテンダーの人たちがフレンドリーなのも、このバーが好きな理由のひとつだ。
『あ、そうだ。僕の考えたカクテルが社内コンペで勝ったんです。来月のクリスマスカクテルとして出るから、時間があったら飲みに来てくださいね』
背が低めのグラスに沢山のクラッシュアイスが入り、水色の綺麗な液体が注がれる。
カウンター越しに差し出されるのは、ベタつく甘さが苦手なわたしにも飲みやすい爽やかなカクテル。少しアルコールが強いけど、金曜日という安心感でゴクゴクと飲み進めてしまう。
『窓際席、空きましたよ。移動します?』
バーの窓際席から街を見渡すのがどんなにワクワクすることなのか、いちどバーテンダー相手に熱く語ったことがある。それがよほど印象に残ったようで、窓際席が空くといつもこんな粋な提案をしてくれるのだ。
窓際席に移り3種のアペタイザーが盛られたプレートをつついていると、背が高めですらっとした男性がこちらへ近づいてくるのをなんとなく背中で感じた。
『待ち合わせ?』
いかにも上質そうな素材の白シャツにグレーのスラックスを身に着けたその彼は、わたしの斜め後ろに立って少し顔を傾ける。
「いえ、違いますけど・・・」
突然の出来事にキョトン顔で振り向き、妙に律儀なところのあるわたしは嘘を付くこともせず条件反射的にきちんと質問に答えていた。
『隣、いい?』
何、この人。バーで話しかけてくる人なんて、本当にいるんだ。クラブじゃあるまいし・・・。
少しだけ遊んでいた若い頃を思い出したら、苦笑いしてしまうような記憶が芋づる式に掘り起こされて呆れた気持ちになってきた。
「なんなんですか?」
いつもより強めのアルコールのせいか語気までいつもより強くなり、妙につっかかってしまう。
『ごめんごめん。女の子がひとりでいるなんて珍しいから、つい』
『ここ、酒も料理も美味しいし俺よく来るんだ。東京タワーも綺麗に見えるしね』
こんなのただのナンパだとわかりつつもわたしが好きなポイントを次々と列挙するものだから、話したくてウズウズしてくる。
「いいですよね。わたし、ここの窓から眺める景色が大好きで・・・あっ・・・」
気付いた時にはもう遅い。いつも考えるより先に突っ走ってしまう生き癖のせいで、わたしは思わず威勢良く話し始めていた。
冷静になろうと急いで真顔を決め込むと、その男性はふにゃっと顔を崩して笑った。普通にしていたら少し怖いとも言える顔立ちなのに笑った途端に目が細くなり、なんだか赤ちゃんみたいで可愛い。
“ズキュン”。と自分の胸のあたりから聞こえたような気がするやいなや、警戒心があっという間に崩れていくのがわかった。
彼氏もいないし、見た目も雰囲気もしゃべり方も、正直タイプど真ん中だし、強めのカクテルでいい気分だし、たまにはこういうのもいっか・・・。
気がゆるゆると解けていくのと同時に、ベストタイミングで彼がわたしの空いたグラスを指差す。
『何か飲む?』
「・・・じゃあ、あと1杯だけ」
テーブルを挟んでわたしの前に彼が座り、一気に目線が同じ高さになった。
香水と柔軟剤の混ざったような嫌味ない香りがわたしの鼻先へとたどり着く。
上半身は決してガッチリしているわけではないのに肩幅があり、全体に程よく筋肉の付いている様子がシャツの上からでもわかる。袖から顔を出す比較的大きな彼の手は、わたしとは違う性別であることを主張しているようだった。
久々に男の人とこんな場所で向かい合わせになっているせいで、意識しすぎてしまう。いけない、いけない・・・。
夜景とお酒とトキメキとで無意識に気分が高揚していたわたしは、まるで昔からの友人と再会した時のようにたくさんの話をしてしまった。
何も知らない相手だからこそ言えることがたくさんあったし、拙いわたしの感情説明も全て理解してくれる彼の聞き役っぷりが心地よかったというのもある。
『またここで会えるかな?例えば、来週の金曜・・・とか』
わたしの 表情を窺うように、彼が少し上目遣いでこちらに視線をやる。
「・・・クリスマスのカクテルが飲みたいので、多分ここにいると思います」
『じゃあその時はまた、俺にご馳走させてよ。ちょっと早いけど、クリスマスだし』
今日初めて会ったのにこんなこと言ってくるなんて、よほど女慣れしているにちがいない。
だけどもうこの人の魅力に押し切られて、断れない自分がいた。
週明けの月曜日、 いつも相談に乗ってくれる会社の先輩に早速報告すると案の定大ブーイングだった。
『絶対怪しい!その流れ、確実に遊ばれるパターンでしょ』
「わかってますって。わかってるんだけど・・・」
もう、恋に落ちちゃった・・・っていうのは、言わないでおこう。
言葉にしたら最後、もう止まらなくなってしまいそうだから。
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危険だとわかっているのに、やめられない。そして約束した再会の日に・・・
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WRITING/RIO HOMMA(OZmall)