おもしろいこと、この地から。週 刊 東 北! Vol.010/福島に新しい1軒のカフェが生まれる日【前編】
【毎週水曜16:00更新】
オーガニックカフェ「ヒトト」が吉祥寺での9年間にいったんピリオドを打ったのが2016年1月のこと。そして、9月30日に福島市へと場所を移し、新生「ヒトト」がオープン。全3回に渡り、生まれ立ての瞬間と、生まれるまでの時間を追っていきます。なぜ今、福島なのだろう? そして、お店をつくるってどんなことなのだろう? (【中編/後編】はページ下部にリンクがあります)
更新日:2016/09/28
吉祥寺から、福島市へ。
2016年9月30日に新生「ヒトト」オープン!
「ヒトト」という一軒のお店を知っているだろうか? 2007年に吉祥寺でオーガニックカフェ「base cafe」として誕生し、2013年に、思い新たに「ヒトト」へと店名を変更。以来9年間に渡り吉祥寺に店を構え、マクロビオティックを軸に健康的な食を提案してきた人気店だ。今年の1月にビルの老朽化をきっかけに、惜しまれつつも閉店。
そして。いよいよ、2016年9月30日に、「ヒトト」が福島にオープンする。「もう飲食業はやらないつもりだった」という彼を動かしたのは、福島の街を活気づけよう、と震災後に結成されたLIFEKUの、藪内義久さんと藁谷郁生さんとの出会いだった。
オーナー・奥津爾さんの現在の拠点は長崎の雲仙。そもそもの活動の土台は、2003年の発足以来、現在も続く「オーガニックベース」にあり、マクロビオティックを伝えるために、料理教室や本の出版、オンデマンドの教室などを行っている。「自分で料理を作ってほしいという思いがベースにあり、伝えるためのひとつの手段としてカフェがある。そして今、ヒトトが福島の台所になりたいと思っています」と奥津さんは話す。
2016年6月3日、
最後のメンバーを決める、面接の日。
今日は福島ヒトトの最後のメンバーであり、料理人を決める最終面接の日。ヒトトが入る予定のニューヤブウチビルの3階で、奥津さんと、すでに働くことが決まっているサービス担当の大橋祐香さんが同席して面接は静かにスタートした。最終面接にやってきた千葉夢実さんは、バッグからタッパーを取り出し、あらかじめお題として出されていた、自作のお味噌汁、玄米、おかず1品をお皿に盛りつけ、奥津さんが試食する。
「うん、おいしい。後味のぬけがとても奇麗ですね」。
奥津さんがいうところの後味の「ぬけ」とは、素材がオーガニックであるとか、玄米の水加減であるとか、そういううわべのことではない。「素材や作り方を教えれば味を安定させることはそんなに難しいことではないけれど、後味のぬけだけは簡単に変えられない」という、おそらく料理において軸のようなもの。長く飲食を生業にし、正面から食に取り組んできた奥津さんならではの感覚であり、表現なのだろう。
最後の確認を終え、「一緒にやりましょう」と言ったあと、「半年後も今日の味の落としどころ、今の後味のすっきりとした感じや真摯な向き合い方を忘れないでね」と続けた。奥津さんの言葉が味から食への向き合い方へ、働くことや生きることへの姿勢にも聞こえる言葉へと変わっていた。
福島で育った女性たちが
1人ずつ、チームになって。
これぞ、と思えるメンバーが集まるまで奥津さんがじっくりと時間をかけたのは、先に決まっていた2人も同じ。1人目のメンバーであり、サービスを担当する大橋さんは、カフェブームの先駆けともいわれる黒磯の「SHOZO COFFEE」で洋服の販売を5年、カフェのサービスを2年半という経験を積んだのち、福島のためになにかしたい、という思いから生まれ育った故郷・福島市にUターンした。もともとは人見知りで、人の目をみて話すことさえできないほど消極的だったという。「接客を通じて、お客様と関わるうちに人とつながることが喜びになって。楽しいなぁ、接客が好きだなぁって」。
「大橋さんは、最初からサービスをやりたいということがはっきりしていた。飲食業において料理が大切なのはもちろんだけど、お客様に料理を届けるということは、種を食材へと育て、料理して食べる人のもとに届ける最終工程。サービスを担当する人は、すべての責任を運んでいるのだと思う」と奥津さんは話す。
2人目のメンバーである藁谷志穂さんも福島市の出身。「以前に奥津さんのインタビュー記事を読んで、すごい覚悟を持ってお店をやっている人だという印象を持っていて。福島でお店をやると聞いた時、もちろん興味はあるのだけど、私で大丈夫かな?という気持ちも大きくて」。自問自答を繰り返した末、お店側の人間として関わりたいと心が決まった。今の福島では、新しいお店を作ることは街をつくることとイコールだろう。そして、ここで暮らすことを選んだ私たちにとって、自分たちでお店や街を作ることは自然で、“できるかな?”より、“やるんだ!”という気持ちのほうが大きくなるのかもしれないと話す。
「面接のとき、奥津さんはヒトトが自分が働く場所にふさわしいかきちんと見極めなさいというようなことを仰って」。本来面接とはフェアなものかもしれないけれど、選ばれる側の人間は受け身になりがちだ。奥津さんの面接は真剣勝負。フェアな関係でお互いを見極め、同時に自分の覚悟も問い直す時間なのだ。
3人目のメンバーが決定。
どうぞよろしくお願いします!
この日、3人目のメンバーに決定した千葉夢実さんは、会津で「Baku Table」というカフェを2年半に渡り経営。4月に一度面接を済ませていて、今日は2度目の面接。奥津さんは、その間に会津のお店を訪ねたという。
「どんなお店なのかなぁって。お店にきちんとお客さんも付いていたし、土地に受け入れられている印象を受けたんです。僕の中では彼女で決まりかなという気持ちがあったけれど、すでにあるお店を閉めてまで福島市に来る理由があるのか。それを千葉さん自身が確認したうえで、気持ちを固めてから決めてほしいと思って。それが今日までの期間でした」。そして、千葉さんの気持ちが揺らぐことはなかった。
「福島のヒトトでは、ひとつずつ自分たちのベストな方法を見つけていってほしい。もちろんノウハウやテクニックは伝えるけれど、あくまで吉祥寺ではこうだったよということで、それを引き継ぐ必要はない。食材についても同様に、千葉さんが会津で築いた、会津小菊南瓜や会津地葱といった在来種を育てる若い生産者や、ベテランの農家さんとの縁も引き継ぎながら、福島近隣の生産者ともきちんと深い付き合いをしていきたい。あくまで福島の土地の食べ物をベースに、時には僕のベースである雲仙の風も運んだりして」と奥津さんは話す。
最後のピースが揃った日、
街の中に根付こうとしている、はじまりの日。
「とりあえず福島でヒトトをやると決断はしたものの、なにも決まっていない間は、ワクワクした気持ちだけじゃなかったですよ(笑)。1人決まり2人決まり、やっと今日で3人目が決まって。ようやくお店を語る主語が“僕”から、“僕ら”へと変わり、これから共に作り上げていこうと思えるし、確信を持ってお店のオープンを楽しみに待っていて下さいと言える」と奥津さん。
なんにもない真っ白な空間を抱えながら、心から仲間だと思える覚悟を持った人が集まるまで、あらゆる可能性を探りながらイメージを育ててきたのだ。いつだってど真ん中を熱くすることだけを考えて。
「ここが福島の人にとって、自分の芯であったり、志に立ち返れるような場所になってほしいと思っているんです。だから、料理はもちろん大事。加えて音楽もお店に入るまでのアプローチも、最初に声をかける“いらっしゃいませ”も見送る余韻も、どれも大切。すべてから伝わるものだから」。今日は、3つめのピースが揃った新しいスタートの日。オープンは目前に迫っている。
【10/5配信の中編に続きます】
【今週出会った、東北の素敵な場所】福島県福島市・食堂 ヒトト
吉祥寺から福島市へと場所を移し、9月30日にオープン。
TEL.024-573-0245(9/30~)
福島県福島市大町9-21 ニューヤブウチビル3F
営業/12:00~19:00 火定休
アクセス/JR福島駅より徒歩13分
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WRITING/AKIKO MORI PHOTO/KOHEI SHIKAMA