the TIME travel 時間旅行 Vol.006 札幌で手渡される「芸術」と「お祭り」(北海道・札幌市)【後編】
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【毎週火曜6:00更新】
札幌では今、来夏開催の「札幌国際芸術祭2017」に向けて、街の魅力をいろんな人が発掘&発信しはじめている。それはアーティストだけでなく、今すでに会いに行ける、札幌の街に暮らす人々も同様に。今、どんなことを考えているの? 実際に会いに行き、思いを伺ってみました。
更新日:2016/09/20
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札幌国際芸術祭2017のゲストディレクター・大友良英さん。毎月のように札幌を訪れ、街や人との出会いを重ねている
身近なものも、見方を変えるとアートに。
食も、旅も、手をつないでいく芸術祭
「芸術祭ってなんだ?」をテーマに掲げる札幌国際芸術祭2017は、シンプルな問いに立ち返ることで、「芸術って何?」「祭って何?」を考えていく。それはゲストディレクター大友良英さんはじめ札幌の人たちが、共に手を動かし、何かを作ることから、一緒に見出していこうとする試みだ。
今回参加アーティストに名前を連ねるのは、「レトロスペース坂会館」や、食、旅、人形劇など、アートとはちょっと異なる視点を持った人や企画。”一見アートに見えないものでもアートである”という、見方を変えることを楽しめる要素が散りばめられている。
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市民にはおなじみ「坂ビスケット」の工場に併設された「レトロスペース坂会館」。札幌のありとあらゆる日常の「もの」たちが、ていねいに並べられている
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坂会館の2階には、坂さんの手により、展示を待つ「もの」たちがたくさん
札幌に根付く懐かしのお菓子「坂ビスケット」。
併設の「レトロスペース坂会館」で守られたものは?
大友さんが今回の芸術祭で大切にすることとして、今を生きる札幌の人たちの「思い」や、それを感じる「場」も挙げられる。
特にそれを感じられる場所として候補に挙がっているのが、市の郊外にある「レトロスペース坂会館」。館長・坂一敬さんが丹念に、札幌にある(あった)日常の「もの」を集め、展示する空間だ。
坂さんは語る。「1980年代、札幌市のゴミ捨て場は、現在と違って無料でなんでも捨てることができたんですが、ある時マネキン人形が捨てられているのを見つけたんですよ。人型のものが捨てられている光景に、不要なものはどんどん捨てて、新しいものへの買い替えを奨励する日本の未来像が見えた気がしました」
マネキンを持ち帰った坂さんは、それを大切に補修して、コレクション第一号に。そして始まったのが坂会館の活動だ。陳列された無数の品々は、物珍しいもの、歴史的価値のあるものに見える。けれども坂さんにとっては、ある時代には当たり前にあった普通のもの。それらが忘れ去られてしまうことへのささやかな抵抗として、坂さんは丁寧に修理を施し、心を込めて陳列している(なんと、数十年前の家電製品も現役で動くようになっている!)。普通のものが、あくまで平等に、ここには共存している。
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「ト・オン・カフェ/ギャラリー」の中村さん(上)。ギャラリー内には展示のほか、コーヒーをいただきながら写真集などを閲覧できるカフェスペースも
アートとゲストハウスが
近くなると・・?
今回は市民・道民からも芸術祭に向けて事業を公募する「一緒につくろう芸術祭 公募プロジェクト」が立ち上がり、選考の結果、5組が来年発表をすることに決定した。
その中のひとりは、市内でアートギャラリー「ト・オン・カフェ/ギャラリー」を運営する中村さん。
彼が準備する「札幌 ギャラリー × ゲストハウス プロジェクト『アートは旅の入り口』」は、札幌市内の複数のゲストハウスにアート作品を展示し、旅行者に北海道で活動するアーティストを知ってもらう企画。GALLERY門馬、kita:kara Gallery、salon cojica、そしてト・オン・カフェ/ギャラリーの4ギャラリーが協働し、候補作家・展示場所のセレクト・交渉を現在進めているそう。
中村さん「今回のテーマ『芸術祭ってなんだ?』には、大友さんからの「枠を広げよう!」というメッセージが込められていると思うのですが、それは僕らがしたいことと重なるものでした。そこでアートとは違う街のパートナーとして、ゲストハウスの人たちに声をかけたんです」
20代から40代の各ゲストハウスのオーナーたちとは、世代的にも近く、生き方への価値観や問題意識を共有する人たちとの話はスムーズだったそう。
中村さん「ギャラリストごとに志向は異なりますが、僕自身はアートだけでなく、街全体を盛り上げたり、その魅力を紹介していきたい。会期中にゲストハウスにやって来る人は、芸術祭のことを知らなくても、訪れた街や人への関心は共通しているはず。観光、食、音楽、そしてアートが近い距離感であれば、その全部を楽しんでくれると思います」
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安斎伸也さんが日々訪れ、育て続ける自作の畑。「数えたことがないけれど」と言いながら確かめてみると、この夏の日の畑には30数種類の野菜が育っていた
食べたい野菜を作って食べる
それも、みんなで味わう芸術。
同じく公募プロジェクトに選ばれた「モバイルアースオーブン」は、土・砂・ワラで手作りしたアースオーブンを消防車であった車両に積み込み、いろんな場所に出向いて即席の食堂を開くというプロジェクト。
企画者である安斎伸也さんは、札幌市内で「たべるとくらしの研究所」というカフェを中心としたオルタナティブスペースを運営している。安斎さんは、自分が食べたい野菜を、自分の好奇心に従って自前の畑で育て、収穫した野菜をそのままカフェで提供する、という活動を行っている人だ。
安斎さん「農業って、時空間に関わる芸術だなって思うんですよ。極論すれば、自分の足下の畑で自分の食べ物を作り、すぐに食べる、というのは本当に贅沢な遊び。だから本当はこの畑に台所を作りたいくらいだけど、ここに来られる人は限られているでしょ。だったらオーブンを積んだ消防車で出張してしまおうと」
それだけ聞くと、新鮮な野菜をお届けする移動式レストラン? とも思うが、そうではないと安斎さんは言う。
安斎さん「北海道には農場や家庭菜園がたくさんあって、それぞれの場所で新鮮な食材が穫れる。だったら、それぞれの自慢の品を持ち寄って、僕だけじゃなく、みんなで調理する。本当の目的は、みんなで集まっておいしいものを食べる場をつくること。食って、小難しい話を一気に飛び越えて、人の輪を結ぶでしょう。それは芸術の根源とも通じていると思うんです」
芸術の『芸』の字はもともと、自然の植物に手を加えて栽培する様子から成り立つという。つまり芸術とは、食べるために、人が耕し、種蒔き、育て、食す、人の根本的な行為の象徴ともいえるのかもしれない。
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安斎さんが営む「たべるとくらしの研究所」。木のやさしい空間で、旬の食材に触れたり、安斎さんご夫妻の縁でつながる作家さんの作品に出会ったりできる。この日は実家の福島「あんざい果樹園」から届いた桃のかき氷が迎えてくれた
今日アクセスできる場所と
人が待っている街
芸術祭はある期間のお祭りではある。でも、大友さんが今回大切に届けたい場所は、芸術祭だけに突然現れる場所ではない。「レトロスペース坂会館」も、ギャラリーやゲストハウスも、「たべるとくらしの研究所」も、今そこにあり、日々札幌で発信する人たちだ。
これまでもこれからも、そしてもちろん今この瞬間も、彼らは札幌の地で新しい出会いを待っている。来年の夏を待たずとも、思い立ったときに行ける旅の目的地。観光スポットだけではない、札幌のもうひとつの魅力にアクセスしてみよう。
札幌国際芸術祭2017
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写真は、芸術祭の「アーティスト」としてエントリーしている「大漁居酒屋てっちゃん」。店主・てっちゃんの描く絵画や店内の圧倒的なコレクションも、札幌の味わい深い魅力のひとつ。
●レトロスペース坂会館
TEL.011-632-5656
北海道札幌市西区二十四軒3条7-3-22
開館/月~金 11:00~18:30 土10:00~16:30
日、祝定休 土不定休
●大漁居酒屋てっちゃん
TEL.011-271-2694
北海道札幌市中央区南3条西4丁目
営業/月~土 17:00~22:00
●たべるとくらしの研究所
TEL.011-522-8235
北海道札幌市中央区南9条西11-3-12
営業/水~土11:00−17:00
WRITING/TAISUKE SHIMANUKI PHOTO/YUKO CHIBA