このページでは、毎号のオズマガジン制作の編集後記のような、こぼれ話のような、誌面に載せきれなかったサイドストーリーを編集部員が少しずつご紹介しています。今回は編集長の井上が担当です。「ひとり東京さんぽ」特集が発売されて2週間がたちました。東京都心を大混乱させた雪は嘘みたいに姿を消して、わずかな残雪だけが日陰でひんやりと佇んでいます。
第90回のアカデミー賞にノミネートされた映画『スリー・ビルボード』(2/1公開)。娘を亡くした母親の視点から現代の世相を映し出した見応えたっぷりの人間ドラマです。(C)2017 Twentieth Century Fox
予定のない休日、たまには映画でも。
もしも、あの大雪がもっとひどいことになって帰宅する術を失ったとしたら。そのときは、映画館のオールナイト上映にでももぐりこめたらいいな(平日でやっているところはなかったでしょうけど)。路肩の残雪を横目に見ながら、そんなことを思ったりしました。あの雪はあとどのくらいでなくなるんでしょうね。
さて、現在発売中の「ひとり東京さんぽ」特集のメインは、ふらりと気ままに散歩したい13のよりみちガイドですが(ぜひ、ご覧いただきたく!)、第二特集では「ひとり映画さんぽ」と題して映画を特集しました。
ここにきてポツポツとできはじめた小さな映画館や上映スペースの紹介にはじまり、この1~3月に公開する新作映画のクロスレビュー、そしてキノ・イグルーさんにセレクトしていただいた「気分別のおすすめDVD紹介」まで。さらには辛酸なめ子さんや山内マリコさんのエッセイも。
ときどきやってくる、明日の午後やることないかも?というようなときに、たまには映画でも観ようかな、なんて気持ちになってもらえたらと思いながらページを作りました。
僕自身は、2006年にオズマガジン編集部にやってきてから2015年まで、本誌の映画担当をさせていただきました(編集Dを名乗っていました)。おかげさまでどっぷり映画にハマり、観れば観るほどその奥深さのとりこに。
ただ、担当を外れて以降は公私ともバタバタしてしまい映画との距離がずいぶん空いてしまっていたのですが、今回の特集で久しぶりにたくさん映画を観ることができて、本当に楽しかったです。やっぱり映画は素晴らしい。
映画館という非日常の空間へ
今の時代、映画館まで出かけ、さらにそこで約2時間拘束されるというのは、けっこうなハードルだと思います。映画は好きだけど、その往復+2時間をひねり出すことはなかなか難しいですよね。しかも、観る映画がおもしろいかどうかは、観てみないとわかりません。ある意味で博打です。4時間くらい無駄にしたー!というオチも十分にありえます。
でも、あらためて思ったのは、映画館というある種の密室で2時間集中することは、とても気分がいいということです。常にインターネットに接続し、ありとあらゆる情報やメッセージが飛び交い時間が細切れにこぼれ落ちていく昨今、ケータイの電源をオフにして薄暗い空間で物語に浸る。これはとても貴重なことでした。
そして、ある意味で時が止まったような劇場を後にして、外の空気に触れたときも独特の瞬間が待っています。明るかった空がいつの間にか夜になっていたり。憂鬱な雨がすっかりあがっていたり。そんなタイムスリップ感は、みなさん経験があるのではないでしょうか。
映画館は、いろんな意味で非日常へと連れ出してくれる場所なんだと思います。あてもなく街を歩いたり遠くに旅に出るのと同じように、映画館にこもるというのはちょっとしたリセット効果があるのかもしれません。
吉祥寺にできたミニシアターの「ココロヲ・動かす・映画館○」で『マイビューティフルガーデン』を観た後、吉祥寺駅を越えて井の頭公園へと歩きました。道すがら2時間分ずれた体内時計を本来あるべき時刻にじんわりなじませながら、作品をゆっくり反芻したり、この後はなにを食べようかな、なんて考えたりする時間はちょっと特別なものです。
映画の前後を含めた「鑑賞体験」として満喫するには、ひとり行動がちょうどいい。そんなことを思うのでした。
余談ですが、現在公開中のドリス・ヴァン・ノッテンのドキュメンタリー映画を観て、洋服買いたい欲が激増しました(というか買いました)。こういうのも映画体験ですよね。食映画を観た後はおいしいものを食べたくなりますし、音楽映画の後はサントラほしくなりますし。
アカデミー賞ノミネート作品が発表されました
話は変わりまして、ちょうど第90回アカデミー賞のノミネートが発表されました。誌面でクロスレビューを掲載した、『スリー・ビルボード』(2/1公開)や『シェイプ・オブ・ウォーター』(3/1公開)も作品賞をはじめ複数部門でノミネート入り!(『シェイプ~』はなんと最多13部門!!) どちらも映画館で観るにふさわしい素晴らしい作品ですのでお楽しみに。
アカデミー賞の発表は現地3月4日。ノミネート作品の数々がこれから続々と日本でも公開されていきます。受賞に至らなくても、どれも力作ばかりなので、ぜひ注目してみてください。
そのほか、『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督の新作で、錦戸亮さん主演の『羊の木』(2/3公開)や、斎藤工さんが長編初監督を務め、高橋一生さん、リリー・フランキーさん出演の『blank13』(2/3公開)もおすすめです。
ほかにもおすすめを挙げたしたらキリがないのですが、それにしても人に映画を観てもらうことって本当に難しいですね。みんな忙しいですし、つまらない映画は観たくないですし。
その昔、友人に「映画はラーメンと同じだ。人のおすすめが自分の好みに合うかはわからない」と言われ、なるほどと思ったことがあります。さんざんおすすめしておいてなんですが、つまり僕のおすすめも、みなさんの好みに合うかどうかはわかりません。大変に申し訳ないことなのですが。
でも、もしも鑑賞した作品がピンとこなかったとしても、それを無駄な時間だったと切り捨ててほしくはないな、と思います。映画担当をさせてもらっている間に1000本以上の作品を観て、そこには当然おもしろい映画もおもしろくない映画もありました。
だけど、おもしろくない映画は無駄だったのかと言われると、そんなことはありません。ふとしたときによみがえるセリフやシーンがあったり、思いもよらないところで誰かと話が盛り上がったり、うまく言えませんが必ず意味はあるものです。映画に限らず、小説や漫画もそうですし、人間関係とか人生そのものですね。みんな、どこかに、なにかの意味がある。
いったいなにがおもしろくなかったのかとか、ではなにがどうだったらよかったのか、などと考えていくと、まあこの映画はこれでよかったのかもしれないな、なんて結論に至ったりします。ますます人生っぽいですね。
とはいえ、それでもときには弁解の余地もないほどにひどい映画にあたることもあると思います。落とし穴に落ちずに生きていくことは案外難しいですから、そのときはそういうこともあるよな程度に笑ってください。落とし穴に落ちないように下ばかり見て歩くよりは、よっぽどいいと思います。
もしくは、「ひとり東京さんぽ」特集でご紹介している町にでも出かけていただいたら、楽しいことのひとつやふたつ、三つくらいはあるはずです。
いつもながらとりとめのない話でしたが、映画っていいものです。たまには映画でも観て、よりみちしながら、いきましょう。
どうぞいい1日を。
OZmagazine 2月号「ひとり東京さんぽ」特集
雑誌OZmagazineは、日々の小さなよりみち推奨中。今日を少し楽しくする、よりみちのきっかけを配信していきます。
OZmagazine WEB よりみちじかんTOP