自分の中の「女」や「生きるバランス」を取り戻すため男を買う。今春、もっともセクシーに咲き乱れる映画『娼年』で娼夫・リョウを演じる松坂桃李さん。新著「かがみの孤城」で学校という世界に生きづらさを覚える中学生たちの冒険を描いた直木賞作家・辻村深月さん。2012年の映画『ツナグ』の主演俳優と原作者の関係でもある2人の対談が実現。辻村さんの顔を見ると松坂さんから「わーお久しぶりです!」と満面の笑みがこぼれた。
大人と少年の間で揺れる主人公。ワンカットでそれを表現する俳優に成長していた松坂桃李
松坂:辻村さんとは映画『ツナグ』の時以来ですよね。
辻村:そうですね。 大活躍されていて遠い人になってしまったと思っていたけど、会うと変わらないですね。気さくで。優しくて。
松坂:ありがとうございます。
辻村:俳優としての成長も嬉しくて、『娼年』の冒頭のやさぐれた感じというか、大人と少年の間の表現がワンカットで伝わってくる演技は凄かったです。ただ、松坂さんには『ツナグ』で歩美役をやってもらっているから、リョウを見ると歩美のおばあちゃんの目になっちゃって、孫の見てはいけない所を「ごめんね」と思いながら観ている気持ちでした。
松坂:その目線はやばいですね。でも身内(?)の感想というのは照れつつも、嬉しいです。
女性は松坂桃李の演技にうそがあれば見抜いてしまう「今、おばさんって思ったよね?」
辻村:撮影、大変だったでしょう? 舞台版のときも楽屋で桃李くんが腰を冷やしてたって石田衣良さんからお聞きしました。
松坂:めちゃくちゃ大変でした。腰だけじゃなくメンタル的にも辛くて、毎晩「明日撮影に行きたくない」って思ってました(笑)。相手の演技をキャッチする力とか、そこからくる表情とか、三浦監督の要求が舞台版よりぐっと高くなって。三浦さんて、うそのお芝居を見抜くんですよ。「(モノマネしながら)はいカット。今の・・・違ったよね?だよね?」という感じに。
辻村:なにが違うかは言わない?
松坂:言わないんです。
辻村:確かに映画を観る女の人も、松坂さんにウソがあると監督みたいに「今、“おばさん”って思ったよね?」とか、わかると思う。でも松坂さんは見事で、原作に描かれている、自分のおばあちゃんより年上の女性にも〝40代、20代、10代、幼い女の子の時、それぞれの魅力が溶けこんでいて愛しく思える〟という感覚が、そのまま表現されていましたよね。
松坂:本当ですか?ありがとうございます。
『娼年』は「欲望を持つことを肯定していい」そう言ってくれる優しい映画
辻村:ラブシーンが話題にはなりがちだけど『娼年』てものすごく優しい映画ですよね。
松坂:そう言ってもらえて本当に嬉しいです。
辻村:声に出せば相手に拒否されるかもしれない、だから怖くて口を噤んできたような、そんな女性たちの物語をまるごと受け止めたいとリョウが冒険する映画だからすごく優しい。これを観て欲望を持つことを肯定していいんだという気持ちになれたら、現実で買わなくても実際にリョウを買ったのと同じことになると思う。
松坂:まさにそうで、触れられたくないことって誰にでもあるじゃないですか。『娼年』に出てくる人と観ている人が、お互いにそういうものを差し出してそれが昇華されることで、映画館を出るときには自分の抱えた重さが少し軽くなる・・・そういう映画になればと思うんです。
『娼年』に登場する女性たちは「どんな女性であれ、真ん中に“女”を持っている」
松坂: 『娼年』に出てくる女性たちの気持ちにびっくり感はなくて、どんな女性であれ真ん中に“女”を持っているんだなと改めて思いました。僕は姉と妹の間に挟まれて育ってきたのもあったせいか、それを再認識した感じです。
辻村:私は原作も読んでいて、設定としてリョウより年上の女性たちだというのはわかっていたものの、松坂さんの演じるリョウの透明感が、相手の女性を年上と思わせない空間を作っていたと思います。
松坂:ありがとうございます。
辻村:出てくる女性たちの持つ物語は強いものなのに、私も含め観る人がなにかしら覚えがあるような気になる。だから全員を愛おしく思えたし、ヒロミさん(リョウの最初の客)なんかは、本当にリアリティがあって、そしてかわいらしくて「まわりにいそう!」と思っちゃいました。
生きづらい世の中で救いになるものとは?
辻村:「今、ここだけじゃないと思える」ことだと思います。ここ以外の所で自分を受け入れてくれる場所が絶対ある。『娼年』もそうだし映画、本、舞台の向こうに手を伸ばすとその奥に理解してくれる人がいる。そう思えることは何層にも世界を豊かにしてくれます。私自身エンタメに救いを求めてきたし、そこから書く側になったので。
松坂:そうですね。『娼年』は自分をさらけ出すことで、相手への思いやりが芽生える映画。その思いやりがまわりにも伝われば、自分がつらいと考えていたものはすごく狭い所での思いだったと気づけるんじゃないかという気がします。
辻村:本当にそうですよね。今は皆「孤」が強くて独りで抱えてしまうけど、他の人に目が向くと相手も自分と同じくらい考えていることがわかるはず。
最後に、スキンシップがもたらすものとは?
松坂:スキンシップ後の会話では自分をさらけだせるようになるし、ふたりの世界が広がりますね。心がほどける感じがします。
辻村:ええ。受け入れられて自分たちの殻が壊れてお互いが溶け出すものですよね。ずっと言えずに守ってきた物語や性的なファンタジーをパートナーが受け入れてくれたら、誰もがきっとその人のことを大好きになります。
松坂:『娼年』も最初の15分は面食らうと思うんです。
辻村:それは確かに。
松坂:でもそこからがスタートで、見終わると余韻が長く楽しめる作品です。1回目はひとりでもいいけど、2回目は誰かを誘って観てほしいですね。
辻村:私も桃李ファンが周りにたくさんいるので、引き連れて行きます。
松坂:ありがとうございます。いやー、辻村さんに久しぶりお会いしたのに、距離感が一瞬で元に戻れたのが嬉しかったです。
辻村:それはほら。松坂さん、年上の女性に慣れてるから。
松坂:あはは。
PROFILE
- 松坂桃李(まつざか・とおり)
- 1988年、神奈川県出身。「侍戦隊シンケンジャー」(09)でデビュー以来、ドラマ、舞台、映画で活躍。近年の出演ドラマにNTV「ゆとりですがなにか」(16)、NHK連続テレビ小説「わろてんか」(17)。今年は今作ほか『不能犯』『孤狼の血』と出演映画が次々公開。6月29日からは主演舞台舞台「マクガワン・トリロジー」が上演予定。
- 辻村深月(つじむら・みづき)
- 1980年、山梨県出身。「冷たい校舎の時は止まる」で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。「鍵のない夢を見る」で第147回直木三十五賞を受賞。昨年春に発表された「かがみの孤城」が「2018年本屋大賞」にノミネートされている。
映画『娼年』
大学生の森中領(リョウ)は授業にも行かず、バーでバイトをしながらなんの目的もない毎日を過ごしていた。ある日、中学の同級生でホストクラブに勤める進也が年上の美しい女性、静香をバーに連れてきた。「女もセックスもつまらない」と言う領に興味を持った静香は、仕事終わりの領を車で拾い、「それを私に証明して」と自宅に招く。シャワーを浴びようとする領に静香は言った。「だめ!」・・・。それは会員制ボーイズクラブ、「Le Club Passion」に入るための試験であった。
- 監督・脚本
- 三浦大輔
- 原作
- 石田衣良「娼年」(集英社文庫刊)
- 出演
- 松坂桃李・真飛聖・冨手麻妙・猪塚健太・桜井ユキ・小柳友・馬渕英里何・荻野友里・佐々木心音・大谷麻衣・階戸瑠李 /西岡徳馬/江波杏子
- 配給
- ファントム・フィルム
- 上映時間
- 119分
- レイティング
- R18+
- 公開
- 4月6日(金)、TOHOシネマズ 新宿 他 全国ロードショー
- ホームページ
- 映画『娼年』公式HP
(C)石田衣良/集英社 2017映画『娼年』製作委員会
WRITING/YUKO YASUDA