おもしろいこと、この地から。週 刊 東 北! Vol.007/東京で、東北の海と人を感じる「漁師酒場」【前編】

おもしろいこと、この地から。週 刊 東 北! Vol.007

【毎週水曜 16:00更新】
6月下旬、東京・中野に〈宮城漁師酒場 魚谷屋〉が開店した。ここは宮城県の若手漁師を中心とした「フィッシャーマン・ジャパン」が経営する居酒屋であり、宮城の旬を発信する場でもある。

更新日:2016/09/07

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その日届く魚介類に合わせてメニューが決まるため、毎日書き換えられる「本日のお品書き」。宮城鮮魚の刺身「満天盛り」の魚もほぼ日替わりだ/石巻出身の志摩絵美理さん。ホヤが好物で、ホヤりんぴっくを心待ちにしていたそう。「こんなにおいしいホヤが東京で食べられるなんて感激です!」/お客さんと談笑する店長の魚谷さん。陽気な人柄でお店を明るく照らしている

今夏、オープンした魚谷屋。
ここは宮城の旬を味わう酒場。

中野駅南口から線路沿いのゆるやかな坂を上っていくと、魚谷屋の看板が見えてくる。その日、店の前の黒板には「本日は石巻より、ホヤ漁師の渥美貴幸が来店!」の張り紙が。三陸の夏の味覚である「ホヤ」を広めるためのイベントが行われるという。店内は若い女性グループや子ども連れ、仕事帰りのサラリーマンたちで大賑わい。店長の魚谷浩さんが快活な笑顔でお客さんに声をかける。「今日はホヤりんぴっく! みなさん楽しんでいってくださいね!」

魚谷屋を経営するのは、三陸の漁師や水産業者で結成された「フィッシャーマン・ジャパン」。「カッコよくて、稼げて、革新的」。そんな、次世代が憧れるような水産業の形を目指して立ち上がったチームだ。

魚谷屋が掲げるコンセプトは「漁師の熱意や意欲を伝えるライブ感のある酒場」。グランドメニューを設けず、ほぼ月単位で入れ替わる旬の魚介類を毎日、浜から直送してもらい、届く素材によってメニューを考えるという。季節ごとの、そして日々の東北の海の状況がそのままお皿の上に反映される。

「時化の日はやっぱり届く魚が少なくなりますが、それは当然のこと。漁師たちが日々、自然環境と格闘しながら魚を捕っていることをお客さんにも感じてほしいです。来るたびに違うメニューや魚を味わえる、そのライブ感が魚谷屋のウリのひとつですし、日本が誇る四季の旬の豊かさを、おいしく楽しく伝えられたら」

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ホヤやホタテなど、三陸から届いた旬の素材たち/この日の「満天盛り」は、カツオ、サワラ、ウスバハギ、ヒラマサの4種類。どれもぷりっと新鮮/神経締めして熟成させたスズキの頭を、ホヤやイカと煮た「三陸アクアパッツァ」。やさしく深い魚介の旨みがつまっている/被災した大漁旗でつくったミニパネルが壁をポップに彩る。大漁旗の切れ端はテーブルにもあしらわれている

とにかく「うまい」魚がある。
漁師さんに「うまい」と言える場がある。

賑わい活気づく店の片隅で、お客さんとホヤ漁師の渥美貴幸さんが楽しそうに話している。「ホヤってこんな形なんですね。初めて見ました」「とっても甘いですね」「こんなにおいしいとは思いませんでした!」。口々に伝えられる感想を前に、「うれしいなあ。東京の人がみんなホヤを好きだと勘違いしちゃいそう」と、渥美さんは照れ笑い。屈強な肉体派…とはひと味違う、穏やかなメガネ男子の渥美さんだが、言葉の端端から漁にかける気持ちが見える。

「僕は漁師に憧れてゼロから始めて。おいしく食べてもらうために、ずっと試行錯誤しながら死に物狂いでやってきました。ホヤは海の中で何年もかけて養殖しますが、僕は通常より手間と時間をかけてじっくり育てます。その分、大きくて肉厚で、味がしっかりしたホヤになるんです」

魚谷屋は「ほやリンピック」のように、毎月、漁師フェアを行い、お客さんと漁師が触れ合える機会をつくっている。漁師直送にとどまらず、“漁師と会える”のが、魚谷屋ならではのこだわりでもある。
「お客さんは漁師と会って話すことで、その食材をもっと身近に感じることができると思います。そして一次産業である漁師たちにとっては、消費者の反応に直接触れることは、意欲につながる大きな喜びになるんです」

生産者の人となりや思いを知り、「おいしい」を自分の言葉で伝えられる。その言葉が生産者の支えになり、また「おいしい」が届けられる。食を真ん中にした温かな交流や絆が、少しずつ魚谷屋で生まれ始めている。

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七ヶ浜や亘理荒浜など宮城県の魚市場のポスターが壁に飾られている/東北の生産者を取り上げて伝える『東北食べる通信』が発行している海組新聞に、ホヤ漁師の渥美さんが特集された/カウンターの魚谷さん

おいしいを超えた感動や
生きる活力まで感じる場に。

魚谷さんはもともと関西の料理人だった。独立を考えていた時期に東日本大震災があり、支援ボランティアとして石巻へ。「今、自分にできることを」と、そのまま移住して、地域活動も含めて4年間、地元の人とともに月日を重ねた。そのなかで宮城の食材の豊かさを知ったこと、漁師をはじめ地域の人たちと、被災者と支援者の垣根を越えて友達になれたことが、魚谷屋を開くきっかけになったそう。

これまでかかわった人たちの顔が見える居酒屋を、情報量の多い都内でやることが彼らへの恩返しになると、魚谷さんは言う。

「僕自身、宮城で出会った人の熱意や純粋さに触れるうちに、精神的に浄化されたというか、人間力が増したような気がしているんです。彼らとともに、おいしいだけじゃない感動や生きる活力まで感じてもらえるお店にすることが今後の目標です」

オープンから2カ月経ち、最初は知り合いや宮城関連の人がほとんどだったというお客さんも、近所の人や仕事帰りの人が来てくれるように。魚のおいしさや店のコンセプトが、少しずつ地元に根付き始めている。
そして新たな展開として、宮城の“ばっぱ(おばあさん)”直伝の郷土料理を準備しているという。第一弾として、大葉で包んだ味噌を揚げる「しそ巻き」が9月に登場する予定だ。

「郷土の味を知ってもらいたいし、残したくて。宮城のお母さんたちにレシピを作ってもらい、手を加えずそのまま提供します。お母さんの顔と名前も紹介して、ゆくゆくはレシピブックを作って次の世代に渡したいと思っています」

【今週出会った、東北の素敵な場所】宮城漁師酒場 魚谷屋

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魚谷さんをはじめ、石巻をきっかけに出会った仲間たちと一緒に内装を完成させた。家具や壁には宮城県の栗の木や杉の木、海藻やカキを混ぜた素材が使われている。

TEL.03-6304-8455
東京都中野区中野2-12-9高田ビルB1F
17:00~24:00(23:00ラストオーダー)
日・祝定休
アクセス/中野駅より徒歩3分

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WRITING/ASAMI KUMASAKA  PHOTO/YUKO CHIBA

※記事は2016年9月7日(水)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります

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