旅が教えてくれること_ローカリズム~編集長コラム【連載】

更新日:2022/01/20

広島県三原市
日常こそが観光になる 広島県三原市で感じた 地域の底力の話

町を歩き頭の中で地図を再構築する
旅を楽しくするのは、自分の感覚だ

 ネットで検索してもその町の情報は少なく、そこにはたいてい小早川氏が築城した「浮城」と呼ばれた城跡(満潮になると城が浮いて見えたそう)と、蛸のことが書かれていました。5分あれば、この町のことがわかりそうです。
 はたして新幹線の三原駅で降りて天守台跡に登り(日本で唯一の城跡にある駅だとか)、町を眺めた後に「さて、あとは蛸か」と、僕はひとりごちました。
 駅前の小さな通りを抜けると瀬戸内海の島々への高速船乗り場。達磨の産地、やっさ祭りという有名なお祭り。駅前の地図でいくつかの新しい情報を仕入れ、ホテルに荷物を置いて町を歩いてみることにします。
 
 僕は広島県の三原という町にいます。新幹線の停車駅にはほぼ降りたことがあったので、いつか未踏のこの町に泊まってみようと思っていたのです。
 旅をおもしろくするのは、自分の目と足だと、僕は経験的に学びました。どの町にも「その町のおもしろさ」がある。
 具体的にポイントはふたつ。ひとつはとにかく町を歩くこと。ふたつ目は食事の際にネットを頼らない。ひとつ目はともかく、ふたつ目は難しそうですが、やってみると楽しいものです。

 町を歩き回っていると、地図とは別の、町のリアルなサイズ感が脳内で再構築されていきます。そうして歩いて歩いて、歩くことで、気付けば僕らは町に紛れ込むように同化しています。
 その夜、地元の人に紛れてカウンターで食べた鯖寿司は、この旅いちばんのハイライトでした。蛸の刺身も唐揚げも確かに絶品でしたが、その鯖はちょっと筆舌に尽くし難かった。
 僕が驚いた顔をすると「蛸ばっかり有名になっちゃったけど、ほかにも美味いものはたくさんあるんですよ」と、人のよさそうな店主が刺身を切りながら話してくれました。



  旅が教えてくれます。ネットやSN Sは確かに便利だけど、自分の感覚や感性を使うと、人生はもっとおもしろくなる。町の数だけ暮らしがあって、駅の数だけ駅前がある。そしてその町の日常を楽しむことができるようになれば、大袈裟でなく、毎日は旅になる。
 三原の町で唯一残っている「醉心」という酒蔵の酒を熱燗で飲みながら、刻んだガリがまぶされたシャリの上の脂の乗った鯖を無心で口に運びました。
「ごちそうさまでした。旨かったです」
「また出張ついでにいらしてください」
 ドアを開けるとすっかり夜でした。目をつけておいたバーに向けて暗い道を歩き出すと、どこかのスナックから「男と女のラブゲーム」が聴こえてきました。港町の旅の夜は、静かに更けていきます。




 

Illustration/YOSHIE KAKIMOTO
※メトロミニッツ2022年2月号より転載 

※記事は2022年1月20日(木)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります