VOICE OF CHEESE 日本のチーズ職人「百人百話」 最終回  日本チーズの“こえ”に出会う旅

更新日:2021/03/20

メトロミニッツが初めて「日本チーズの“こえ”に出会う旅に出たのは、2018年のこと。それから約3年をかけ、北は北海道から南は沖縄まで、日本全国100人のチーズ職人の“こえ”に耳を傾けてきました。長かった旅もついに今回が最終回。最後を飾るのは、日本のナチュラルチーズの礎を築き、今なお、多くの後進に刺激を与え続ける4つの工房です。

VOICE 97 北海道・芦別市「横市フロマージュ舎」横市英夫さん

(画像左)「国産チーズのパイオニアとして挑戦を続けてきた42年間。チーズの真の価値は、作り手の想いにこそあると信じています」/「横市フロマージュ舎」横市英夫さん (画像右上)写真のカマンベールタイプの「横市チーズ」、「横市バター」のほか、「ヨーグルトチーズ」も製造。クラシックな木箱は、創業当初、廃材のベニヤ板で箱を組み立てていた名残 (画像右下)芦別市内の生乳を週3~4日、1日約1t加工する

国産チーズの歴史の中で、小さな個人経営の工房が出現し始めたのは1970年代半ば。横市英夫さんは、当時生産を開始した先駆者の1人です。工房の代名詞は、香り高いカマンベールタイプのチーズや上品な口溶けのバター。雑誌や新聞のお取り寄せ特集の常連アイテムとしてもおなじみですが、優れた乳製品を世に送り出してきたことだけが横市さんの功績ではありません。

もともと畑作農家の息子だった横市さんが牧場を始めたのは弱冠20歳。先進的な農法を取り入れ、10年で道内有数の搾乳量を誇る大牧場へと育て上げます。時は高度経済成長期後半。酪農の大規模化が進む中、横市さんの次の一手は真逆を張るものでした。酪農から手を引き、乳製品を作り始めたのです。

「北海道には酪農がある。だから今後、食文化の中に乳製品が加わるという確信がありました。ビジネス目的ではなく、美味しい乳製品で家族を喜ばせることが、豊かな人生につながると思ったんです」。周囲の反対を気にも留めず、辞書を片手に洋書を読み解き、1979年、ヨーロッパで人気を博していていたソフトな白カビチーズの製造を開始。奇しくも地元・芦別は牧草の生育に適した比較的温暖な気候ゆえ、良質な生乳の産地でもありました。

やがて多くの協力者も現れ、手掛ける商品は名実ともに地域の名産品に。「チーズを作るのは牛乳と乳酸菌。そこにいかに想いを込められるかが作り手の仕事であり、チーズの価値」。そう言い切る横市さんの姿は、40年間後進たちを鼓舞してきました。

現在は製造を息子2人に任せ、シンポジウムの講演や技術指導のため、国内外を飛び回る日々。3つのNPO法人をまとめ農地保全などの活動を行う他、乳製品加工の教育機関も設立準備中。御年72歳、いまだ衰えないバイタリティで挑戦を続けます。

(画像左)全国からファンが訪れる工房 (画像右上・右下)「横市チーズ」2355円/170g(「チーズのこえ(下記参照)」での販売価格。以下同)

横市フロマージュ舎

TEL.0124-22-2007
住所/北海道芦別市本町1077
SHOP/直売あり。その他、千歳市・新千歳空港内「Wine&Cheese北海道興農社」などで販売

VOICE 98 長野県・松本市「清水牧場チーズ工房」清水則平さん

(画像左)「長年掛けて見つけた理想の地で作る山岳酪農ならではのチーズ。その味わいから、信州の大自然を思い起こしてもらえたら」/「清水牧場チーズ工房」清水則平さん (画像左下)ウォッシュ2種、セミハード2種、フレッシュ2種をラインアップ (画像右上)広大な放牧地に対し、牛は15頭と驚くほど少数 (画像右下)夏季限定で羊のチーズも

ヨーロッパの山岳地帯で作られる“山のチーズ”。たくましい放牧牛のミルクから生まれるその芳潤な味に魅せられ、日本の“山のチーズ”を追い求めてきたのが清水則平さんです。

北アルプスを臨む標高1500m超の「清水牧場」は、静かなリアル“ハイジ”の世界。が、これまでの軌跡はまるで冒険譚!牛好きが高じて日本獣医畜産大学を卒業後、1982年に若くして岡山県で独立を果たした則平ん。牛乳で生計を立てつつ酪農の歴史を調べるうち、「全てが必ずチーズに突き当たる」ことに気付きます。毎週輸入チーズを取り寄せ、食べ比べること200種以上。魅了されたのが、ヨーロッパの山岳系チーズでした。

時を同じくして、高地での酪農に適したブラウンスイス牛の存在を知り、当時国内で唯一飼育をしていた山梨県の牧場へはるばる視察に。妻の晴美さん曰く、「そのミルクがすごく美味しくて。『これだ!』って火が点いちゃったの」。「標高が高い放牧地で環境に適した牛を飼い、チーズを作るしかない」。

牧場を売り、牛との大移動が始まったのは1989年。初めは滋賀県へ、次に長野県北御牧へ。移動しながら独学で製造技術を磨き、ブラウンスイス牛を増頭。16年前にたどり着いたのが、理想郷・松本市奈川でした。積雪2mを越える厳しい冬が終わり、放牧が始まるのは5月。一目散に60haもの広大な草地へと飛び出す牛たちは、自生する草花や果実をお腹いっぱい食べ、山から流れる清流の水を飲んでのんびり、ゆったり。この時期作られるチーズからは青草の香りがふわりと立ち上り、牧場の景色が頭に浮かびます。

「作りたいのは、土地の気候風土に根ざしたチーズ」と晴美さん。人里離れた牧場で、夢だった山の暮らしを実現させた2人のチーズには、ときに繊細に、ときに力強い大自然の移ろいが溶け込みます。

(画像左)毎日約70?の生乳を仕込む (画像右上)約10カ月熟成させる「バッカス」1458円/100g (画像右下)ウォッシュタイプの「山のチーズ」1296円/100g

清水牧場チーズ工房

TEL.0263-79-2800 
住所/長野県松本市奈川51
SHOP/直売あり、電話・FAX注文も可能。その他、東京・中央区「銀座NAGANO」などで販売(少量出荷のため、事前に要確認)

VOICE 99 岡山県・吉備中央町「吉田牧場」吉田全作さん・原野さん

(画像左)「牛のいる生活の中で黙々と手を動かし、物を作る。続けたいのは、チーズに留まらないここならではの暮らし方」/「吉田牧場」吉田全作さん・原野さん (画像右上)豆腐のようなできたてのリコッタ  (画像右下)「機械化するよりやりやすい」と、伝統的な製法を多用する

美味しいモッツァレラと言えばイタリア産。1990年代にそんな常識を打ち破り、有名シェフたちの圧倒的支持を集めたのが「吉田牧場」のチーズです。卓越した口溶けと風味で国産チーズの評価を急上昇させただけでなく、その生き方でも注目を集めたのが創業者の吉田全作さん。酪農からチーズ生産までを手掛けるヨーロッパの“フェルミエ”に憧れて脱サラ、1984年に岡山・吉備高原の土地を手に入れ、水を引き、名前通りすべて手作りで道を切り開いてきました。

1年365日、雨の日も風の日も急斜面の放牧地で過ごす筋骨隆々の牛の健康的な生乳を、銅鍋や木桶、ときに自作の道具も使うシンプルなやり方で加工します。今なお手に入りづらく“幻のチーズ”と呼ばれる「吉田牧場」のチーズですが、2006年にはフランスで製造技術を学んだ長男・原野さんが製造に加わり、製造する量も種類も増加。

さらに転機となったのが2011年。電力を極力使わないように、山の斜面を削り、エアコン設備のない地下熟成庫を建造。当初は湿度管理に難儀した庫内の環境が安定してくると、コンテタイプの「マジヤクリ」やパルミジャーノタイプの「コダカ」など、熟成系チーズの味わいがぐんと増しました。

チーズの製造は現在、主に原野さんと、最近新たに加わった娘婿の山崎賢司さんが担いますが、全作さんの興味はノンストップ。古代小麦を栽培しパンを焼く、ワイン造りを目指しブドウを栽培する……一見チーズとは無関係の活動も、「牛を育て、堆肥を土に戻し、作物からなにかを作る。すべてつながっているんです」と原野さん。「常に変化はしてきたけれど、昔も今も“ここでできることをやる”という姿勢は変わりません」。骨太で自然体な暮らしこそ、人々がこの牧場に魅了される理由なのです。

(画像左)低山帯の吉備高原。斜面を歩く牛の足腰は強くなる (画像右上)約10種のチーズを製造 (画像右下)モッツァレラと並ぶロングセラーの「カチョカバロ」(右)1037円/100g、「マジヤクリ」(左)1383円/100g

吉田牧場

TEL.0867-34-1189
住所/岡山県加賀郡吉備中央町上田東2390-3
SHOP/直売あり、電話・FAX注文も可能

VOICE 100 北海道・新得町「共働学舎新得農場」宮嶋望さん

(画像左)「多様な人々が共に暮らしながら、自然を支え、自然に支えられる。生きものと環境の調和の中でこそ質の高いチーズが生まれます」/「共働学舎新得農場」宮嶋望さん (画像右上)年間300t前後の生乳を、10種前後のチーズに加工する (画像右下)“自労自活”がモットーの農場は、建物も基本手作り

「共働学舎の宮嶋さん」。連載の取材を続ける中、何度この名前を耳にしたでしょうか。現在活躍する職人の多くを輩出してきた「共働学舎新得農場」は、他のチーズ工房とは一線を画す運営方式です。心身に障害を持つ人、家庭や社会に居場所がない人、そしてチーズの技術を学びたい人・・・障害者と健常者という区別なく誰にでも門を開き、家や働く場所の整備から生産、加工、販売までを行う自立した組織は、「福祉」の枠には収まらない活動と同時に、良質なチーズ生産を続けてきました。

代表の宮嶋望さんが十勝平野の西端にある新得町にやってきたのは1978年。父・宮嶋眞一郎さんが設立した「共働学舎」の4番目の農場を運営するためでした。植物生態学や放射線物理学、畜産学を学んできた宮嶋さんが新天地で目指したのは、自然と調和した機能的な農場。乳質がチーズ向きのブラウンスイス牛を、活性炭や発酵菌を活用しながら飼育。生乳を重力で搬送するなど自然の力を活用し、人と牛、微生物がバランスを保って暮らせる、唯一無二の施設を作り上げています。

長い歩みの中で、宮嶋さんが成し遂げたもうひとつの偉業は、国産チーズを世界で戦えるレベルに押し上げたこと。白カビチーズを熊笹の葉と笹塩で熟成させた「笹ゆき」、日本初の国際大会優勝チーズとなった桜が香る酸凝固チーズ「さくら」など、日本独自の原料を活かしたチーズで国際的な評価を得てきました。

現在チーズ製造を担うメンバーは6人。チーズのタイプごとに担当を決め、まずは自力で課題解決、困ったら周囲がサポートするのが「共働学舎」流。多様性を認め合い、自然の中で共存する。現代社会で強く求められ、理想とされるそんな生き方が、国産チーズの発展を支えてきたと言えるでしょう。

(画像左上)レンガ、石、木を組み合わせた熟成庫 (画像右上)“牛乳山”のふもとに位置する施設 (画像下)工房設立当初から作る「ラクレット」(右)702円/100g、「笹ゆき」(左)2042円/250g

共働学舎新得農場

TEL.0156-69-5600
住所/北海道上川郡新得町字新得9-1
SHOP/農場施設「ミンタル」にて直売あり。その他、千歳市・新千歳空港内「きたキッチン 新千歳空港店」、東京・千代田区「北海道どさんこプラザ 有楽町店」などで販売

【東京でも4人のチーズが買えます!】SHOP|清澄白河「チーズのこえ」

今回紹介した4つの工房のチーズを東京で購入するなら、日本で唯一の国産ナチュラルチーズ専門店「チーズのこえ」へ。チーズコンシェルジュが選んだ約40工房、年間300種類以上のチーズを取り揃えています。

TEL.03-5875-8023
住所/東京都江東区平野1-7-7 第一近藤ビル1F
営業時間/11:00~19:00
定休日/不定休

メトロミニッツ2021年4月号「メトロミニッツ的ステイケーション」特集

観光以上、移住未満! ローカルの暮らしを訪ねる滞在型の旅をメトロミニッツではステイケーションと独自に定義しました。テレワークの平日も、完全なる休日も、ローカルの地で、ゆるりとした時間、滋味あふれる食、地元の人との温かな交流を滞在しながら楽しむ旅。今回は、三崎、久米島、嬉野温泉、高知の仁淀川流域をご案内。ガイドブックに載っていない、地元の人のリアルな暮らしの豊かさをぜひ堪能して
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後援:独立行政法人 農畜産業振興機構「国産チーズ競争力強化支援対策事業」

Photo TAMON MATSUZONO Text RIE KARASAWA
※メトロミニッツ2021年4月号「メトロミニッツ的ステイケーション」特集の記事転載
※本ページで記載の価格は全て「チーズのこえ」の販売価格となります
※掲載店舗や商品などの情報は、取材時と変更になっている場合もございますので、ご了承ください

※記事は2021年3月20日(土)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります