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フリートーク|投稿記事

母が難病になってしまいました。。。(長文です)

makoto1
2004/02/11(水) 14:15

重い話ですみません。
誰かに聞いてもらって相談したいのですが、私の身内の話であり、
またとても重い話なので、どこまで相談してよいものか・・・と気が
引けてしまって抱え込んでしまっています。
同じような経験をされた方がいらっしゃったり、同じような方を支
えられた方、またそれ以外の方でも全然構いませんので相談に乗っ
てください。

母が、特殊な癌(肉腫です)だということがわかったのは、先週の
金曜日でした。
この癌(肉腫)は、「がん」の中でも通常の癌と異なり、MRI検査
等で腫瘍の転移が見つからない「がん」で、転移の有無すらわかり
ません。
たまたま子宮筋腫の手術をして摘出した子宮に、この肉腫が見つか
りました。
専門家の方に伺ったところ、母の病気は「がん」の中でも1%程度
(80%くらいは普通の癌だそうです)な上、その中でも特に例がな
い変性らしく、日本国内で年間一例あるかないかだと言われまし
た。
そのため、まだ治療方法が確立されておらず、また今まであった数
少ない症例を見ると効果がある治療方法がないのではないかと言わ
れているそうです。

このような状態であるとここ数日のうちに徐々にわかってきたので
すが、なんだかまだウソみたいです。
国立ガンセンターのHPを見ると、5年生存率が多臓器転移していな
ければ54%、転移していれば7%となっていました。
これも理解したくない数値です。。。
転移についてはわかりませんが、転移している可能性が高いと思い
ます。
月末に、若干ですが肉腫の転移が見つかるらしい検査を受けますの
で、その結果次第で今後どのように暮らしていくか、治療を受ける
か決める予定です。
転移が見つかれば抗がん剤を受けるしかないのですが、専門家の方
は抗がん剤もめぼしい効果はないだろうと言っています。
逆に、抗がん剤はとてもハードなため、痩せてしまって体力の落ち
た母がどこまで耐えられるかわからず、寿命が縮まる可能性がある
そうです。
はっきり言われました、「抗がん剤をやっても延命効果は望めない
だろう」と・・・。

私は今、両親と別々に暮らして仕事をしておりましたが、今回のこ
とでなるべく早く戻ってきてほしいと言われましたし、私もそのつ
もりです。
前例が少ないため、今の段階で母の余命がどれくらいか医者もわか
らないということを考えると、なるべく早く母のそばで、父と母を
支え、そして高校生の妹がいますのでその妹を支えていかなければ
ならないと頭ではわかっているのですが・・・(私は長女です)。
こちらでお付き合いしている人もいますし、まだ仕事もやりたい、
一人暮らしもしたいという気持ちが強かったので、頭の中が混乱し
てます。
母が死に直面していること、そして自分が今までの安定した生活を
捨てて田舎に帰らなければいけないこと。
あとは、私には趣味がありまして、それは今住んでいるところで一
番活動しやすく、最近特に充実してきていたところなのでそれもか
なり諦めなければならないこと。
それらがまだうまく自分の中で飲み込めません。
現実が受け止められないというか。。。

どうやって自分をコントロールしたらいいのでしょうか。
今はまだ「わかりたくない」と現実から目を反らしていることが多
いので、考えないようにして生活してしまっています。
また、実家に帰ったらなるべく母のそばにいてほしいと父に言わ
れ、家事手伝いとして母と一緒に過ごす時間がほとんどになりま
す。
そんな中で、どのように母に接していいのかわかりません。。。
一昨日まで実家にいたのですが、母の顔がまともに見れず、やつれ
て落ち込んでいる様子を見るのもツライ状態で・・・。
母自身が前向きになってくれると病気も多少持ち直すと思います
が、私たち身内でもやはり当人にとっては「他人事」と思うのかも
しれませんし、どうやってはげませばいいのかわかりません。

また、今付き合っている彼は2年前にお父様を癌で亡くされていま
すので本当は同じ立場としてとても意見を聞きたいのですが、傷を
えぐるのではないかと気が引けてしまって・・・。
友人にも話を聞いてもらったり、助けてもらったりしたいのです
が、正直こんな話をしても迷惑なだけだろうな、と思って特に親し
い数人以外には言えず、また言っても報告だけで相談に乗ってもら
うという感じではなく、接し方にも困ってしまっています。

とても重い話になりましたが、どなたかアドバイスをよろしくお願
いします。

  前向きにがんばれ!

ぱらりら999
2004/02/11(水) 17:13

makoto1さん、お気持ちお察しします

先ほどから何度か投稿したのですがうまくいかず・・・

きっとあれもこれもで今もこれからも煮詰まってしまうでし
ょうが、そうゆう時こそ、楽に楽になるように考えましょう

私は3年前に母を癌で亡くしています
1年間の入院の間は、精神的にも体力的にも本当にきつかっ
たです
仕事の忙しい父、アテにならない大学生の弟、私も遊びたい
し習い事もあるし、でも母は大切だし弱っていくし、私も
仕事はあるし、仕事のあと駆けつけたって面会時間は過ぎて
いるしでも体は拭かなきゃ、あ~彼氏はいないし結婚はで
きるのかなーとか・・・・

あの頃、本当に家の中は汚かったです
睡眠時間も4時間くらいで増血剤も飲んでいました

大切なお母さんのためならなんでもできると思うのですが、
先ずはご自分の体からです

彼にもなんでも相談しましょう

お母様がよくなると信じて、毎日生きてください

スタッフへ連絡

  お大事になさってください

なおこ1031
2004/02/11(水) 22:20

大変なご病気になってしまいましたね。
私自身は、父親を3年ほど前に癌で亡くしました。
あの頃を振り返って見て、
もっと一緒にいてあげればよかったって後悔しています。

この後悔は、きっと一生続くものだと思っています。

後悔のないように看病なさってくださいね。

私も、実家を離れているし、彼もいます。
なので、すんなりと帰ることができませんでしたし、
帰ってしまうことで、辛い現実を受け止めるのが怖かったか
らです。しかし、一番怖いのは、本人です。
残される家族にも、その悲しみは耐えがたいものですが、
どうか、向き合ってほしいと思います。

病人の看病は簡単にできることではありません。
しかし、やはり、家族しか支える人はいないと思います。

もし、私の母が癌になったとしたら、
私は、今の仕事(なりたくてなりたくて就いた仕事です)を
やめ、彼にはすべてを話し、実家に帰ると思います。

自分の人生なら、まだまだやり直しがききます。
しかし、母親の最期は今しかないのです。

家で最期を迎えるのはとても大変だと思います。
お母様が、どこで最期を迎える事を希望するかにもよります
が、ホスピスという考えもあります。
癌であって、余命等を告知されているのであれば、
入れる条件が満たされるはずです。

すみません。
最期に向かって、前向きな意見を書かせてしまって、
傷つけてしまうような発言であったら、ごめんなさい。

どうか、悔いのないよう人生を進んでください。

スタッフへ連絡

  そっくりです・・・

laperla
2004/02/12(木) 02:09

makoto1さま、はじめまして。

ちょっとびっくりしましたが、私の母も殆ど同じでした。特
殊な腫瘍ということで、「悪性度は普通の癌よりは少し低い
けれど楽観はしないでください。数ヶ月しか持たないという
ことも充分ありえると思います。」と執刀医に言われまし
た。ごく稀なタイプのもので、日本でも症例が殆ど無く、医
師としても手探りの状態です、とも。目の前が真っ暗になり
ました。それは今から15年前です。

私は都心に家族と住んでいましたが、一人っ子だった為こっ
そりいろんなことを母中心の生活に変えました。当時好きで
やっていたことをうまい理由をつけて止めて大学に戻ったり
しました。ちなみに母はその後かなり頑張って、5年後になく
なりました。最後の2年は全く何も食べられず点滴だけの生活
でした。あまり怖がらせてしまうといけないので詳細には触
れませんが、それぞれ生命力は違うし、運命も違います。娘
としてできることは、お母様の生命力をまず信じて差し上げ
ることだと思います。

今受け入れられないのは当然のことです。私なんて何年もか
かりましたよ。本当に受け入れられたのは母が亡くなって何
年か経った後だったのかもしれません。今はとにかく良い方
に信じて、明るくお母様がmakoto1さんを見て「こんな娘に恵
まれて幸せだ」と思えるような笑顔で、生きる原動力になっ
てあげてください。やつれて見えるお母様も見えないところ
で体は必死に闘っているのでしょうから、それを讃えて、力
を与えてあげてください。小さなことで良いのだと思いま
す。

これからはどんなに楽しい瞬間にも背中合わせにある悲しみ
の影に付きまとわれてとても辛いと思います。でもね、ひと
つ言えることは人間って意外に強いです。私はもうこれ以上
の仕打ちは耐えられない、と何度も思いましたが、母の笑顔
と信じている様子を見て、私がへこたれてどうする、とその
度思い直しましたよ。全てが終わってみて、自分はなんて強
かったんだろうと愕然としました。と同時に人間って実はと
ても強く作られてるのではないかな、と。


母が亡くなった日、涙が止まらないながら、心が軽くなり、
母の人生を讃える気持ちでいっぱいになりました。うまくい
えないですが、何年生きても、人生をまっとうするというこ
とは一仕事で、苦しい日も頑張りながら必死に生きてきて、
今彼女はやり遂げたのだ、と思って。
こんな風に嫌がおうにもプラス思考になれるようになりまし
た。そういう風にでも考えないと生きていけなくなるので、
本能的にそういう風に反応していたのかもしれませんね。


医学にはまだ解明されてないことがたくさんあるそうです。
お母様も完治される可能性だって大いにあります。まずは希
望を持って信じてあげてください。そして同時にやはり貴重
な時間を(実は病気の一件がなくたって母親との暖かい時間
はとても限られてるんですよね…。)精一杯楽しんでくださ
い。後悔のないように。

だから、どんな風に事態が進んでも、できるだけお母様がし
っかりと人生をまっとうできるようにそばに居てあげて欲し
いと思います。したいことはまだいくらでも先に出来ます。
そして、何事も無かったかのように接して、でも一緒に居ら
れる時間を意識して増やすのが良いと思います。お母様がま
だまだたくさんmakoto1さまに伝えておきたいこと、逆にお母
様に聞いておきたいこと、たくさんあると思います。母の病
気が発覚してからなくなるまでの母との5年間は何よりも密度
の濃い時間でした。辛かったけれどこの時間があって良かっ
たと本当に思います。

大変です。覚悟が必要だと思います。実は誰もmakoto1さんを
助けてあげることはできません。彼氏に抱きしめてもらって
泣いて気持ちをぶつけても、翌日はまた現実を見つめないと
いけないですから。精神的には一人での闘いです。でも、本
当に頑張って欲しいと思います。まず何より、そのまま完治
されるかもしれないですし、万が一悪い事態に陥ってももの
すごくかけがえの無い日々になります。どうぞしっかり、頑
張ってください。makoto1さんがお母様の生きる原動力となる
のですから。

何かあったらまた声をかけてくださいね。また、ご自分の健
康管理に気をつけて共倒れにならないようにね。大丈夫、同
じように頑張ってる人、他にもたくさん居ると思いますよ。
陰ながら応援しています。(長くなってごめんなさい)

スタッフへ連絡

  無理はしないで…

hisui
2004/02/12(木) 04:58

こんにちは。
お母様のご病気、本当に大変だろうと思います。
私の母も、がん(悪性肉腫)を患いました。
makoto1さんの投稿を読み、他人事とは思えずにレスしました。

母は昨年亡くなりましたが、世界でも十数例しかない極めて稀な症
例でした。
とにかくデータが無い為、治療法はおろか正直余命すら分からない
状況に、当人も家族も悩みました。
専門病院でも「前例が無く、リスクが高すぎる」と丁重にお断りされ
たこともあります。

色々調べた結果、筑波大学での放射線(陽子線)治療に望みを託しま
した。
通常の放射線より副作用等が少ない最新の治療法です。
これも前例は無かったものの、陽子線を当てた部分は沈静・縮小化し
ましたし、実際効果はあったと思います。
結果としては再発・転移の為に亡くなりましたが、この治療には感謝
しています。
この他にも、重粒子線治療、集束超音波治療等が、がんへの新治療法
として注目されているようです。
主治医や専門病院等に、色々と聞いてみてはいかがでしょう。
とにかく、諦めずに、可能性を信じてあげて下さい。


母の病気が判明した時、私は契約職員の任期切れ間近だった為、退職
と同時に母の看護につきました。
側にいた時間は私が一番長いかもしれません。
およそ1年半入退院を繰り返し、遠方の病院の時は交替で泊りがけで
看た事もあります。

本人にとっては、病気そのものよりも、家族に迷惑や心配をかけてい
る思いの方が辛いようです。
ですから、何とかなるさという軽い気持ちでいて、今までと同じ自然
体で接しました。
その日の出来事等を話している時は、本当に和やかで楽しい時間で
したよ。
確かに辛くて泣いた事もありましたが、今振り返ってみると、良く笑
っていたな、と思います。
最も辛かったであろう母自身が、一番笑っていたのではないでしょ
うか。
特に家にいる間は、笑い声が絶えなかったように思えます。
この1年半は、本当に大切で、そしてとても楽しい時間でした。

母の場合、亡くなる数日前まで会話も歩く事もできました。
最期は家で家族全員で看取りましたが、息を引き取る瞬間、母は笑顔
でした。
涙は止まりませんでしたが、それを見て、後悔は無かったです。
やる事は全てやり、母自身も充分に人生を全うしたと思います。
後悔は無い事が、一番の救いでした。


看護や介護は、想像以上に大変な事です。
ですから、一人で全て背負おうとしないで下さいね。
世話をする側が潰れてしまっては元も子もないですし、それは患者
本人が最も懸念している事だと思います。
遠慮なく周りに助けを求めていいんですよ。
家族と言うのはお互い助け合うものですから、自分が全て支えなけ
ればと気負う必要は無いんです。

我が家でも、母の病気を機に家族の絆はかなり深まったと思いま
す。
私には姉がいますが、その存在は本当に支えになりましたよ。
辛い時に、その思いを吐き出す相手がいるだけでも、随分と違うもの
です。
makoto1さんも、妹さんを自分だけが支えるのではなく、お互いに支
えあうと考えてみてください。
また、彼にも遠慮しないで、色々相談して大丈夫ですよ。
肉親の病気や死は悲しい事ですが、それは決して傷ではないと思い
ます。

現実から目を逸らしたい気持ちは本当に分かります。
でも、同じ逸らすのであれば、せめて明るい方へと持っていってほし
いと思います。
全て悲観するのではなく、大丈夫!くらいの気持ちで、プラスに捉え
るだけでも大分違いますから。
人間の生命力は本当に未知だと思います。
前例が無いのなら、自分が例になれば良いんです。
わずかの可能性でも信じて、最後まで諦めないであげてください。

また、お母様と和やかな時間を保つ為には、息抜きの時間もとても大
事ですよ。
上手く家族と交替しながら、充電する時間を作ってくださいね。
そして、お母様の生命力をどうか信じてあげてほしいと思います。

長文になって申し訳ありませんが、何かありましたら、また書き込ん
でくださいね。
私でよければ、いつでもお応えしますから。
無理をせず、でも後悔はしないように、一日一日を過ごしてくださ
い。
応援していますよ。

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  ご家族のそばにいてあげて

mihi
2004/02/12(木) 18:22

ください。
私は高校受験が終わった頃に父親をガンで亡くしました。
(亡くなってしまった例を出すことをお許しください)

反抗期で父親に反抗ばかりしていた私でしたが、受験期で
ちょうど帰りも早く、毎日毎日病院へ行き、病院で受験勉強
をしました。
母親は力を無くしていたし、妹もショックを隠し切れず
みんなたいへんでしたがやっぱり家族そろってなんとなく
励まし合い、頼れる存在が近くにあったから乗り切れたと
思っています。

早くに父親を亡くし、家族のありがたみを思い知っている
私からみると、彼氏?仕事?そんなことよりも家族第一!
って本当に思います。
彼氏も仕事も趣味も大事なのはわかります。
でも私からみれば、お母様とは比べる対象にもなっていないように
思います。
真っ先にお母様を選んでほしい。
お母様にとってもご家族にとってもそれがなによりの望みと
思います。

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  お母様のそばに

mokoron
2004/02/12(木) 19:37

こんにちわ。

makoto1さん、どうぞお母様のそばにいてあげてください。
私も2年前に父を原発不明のガンで亡くしました。
そのときは私も働いており、母のサポートをする形でした
が、生活リズムが変わり精神的・体力的にも本当に大変でし
た。
会社は休職することも考えました。実際にはしませんでした
が、上司と仲の良い先輩には状況を説明し理解してもらうよ
うにしていました。

彼も相談に乗ってくれると思います。一度話をしてみてくだ
さい。決して傷をえぐることなんてないと思います。

今、一番つらいのはお母様だと思います。
どうか支えになってあげてください。今までと同じように接
すればいいと思います。makoto1さんが悲しんでいるとお母様
も不安に思うはずです。

また何かあったときにはこちらの掲示板に来てください。
少しでもお役に立てることがあるかもしれませんので。
ガンで苦しんでる人はたくさんいます。makoto1さんだけが、
決して苦しいわけではないのです。
くれぐれも体調管理に気をつけて頑張ってください。
お母様が少しでも良くなるよう願っています。






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  ありがとうございます。

makoto1
2004/02/12(木) 21:24

ぱらりら999さん、なおこ1031さん、laperlaさん、
hisuiさん、mihiさん、mokoronさん、レスありがとうございま
す。
そして、暖かい励ましの言葉、本当にありがとうございました。
みなさんのレスを何度も読ませていただき、たくさん泣いてしまい
ました。
病気がわかってから、こんなに泣いたのは初めてです。
誰かに本当に励ましてもらいたくて・・・同じような経験を乗り越え
ている方のお話を聞き、励ましていただけてとても心強かったで
す。
この先はもっと辛いことがたくさんあると思いますが、悲しんでい
るより母との時間を楽しめるようにがんばりたいと思います。
まだめそめそしてしまうことが多いのですが、そのうちしっかりで
きればな、と思いました。

今後、また一人で追い詰められてしまったときにはこちらに助けを
求めるかと思いますが、その時はよろしくお願いします。
とりあえず、レスしていただいた内容は保存しておいて落ち込んだ
ときに読ませていただこうと思っています(^^ゞ

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  遅くなりましたが。

まかま
2004/02/12(木) 22:03

少し遅くなりましたが、少しでも励ましになれば…

というよりも、私の母親も現在癌と闘ってます。
もう3年程ですが、1度転移もしました。
また来月抗がん剤の点滴のため入院するとさっき母親から聞
きました。
そんな時にこの投稿を見て思わず書いてしまってます。

私は一人っ子の為、誰にも相談できる立場の人はいません。
父親はこんな時に全くあてにならない人だというのをこの機
会に思い知りました。これもいい勉強になったと思います。
でも、周りには自分が思っている以上に精神的に助けてくれ
る人がたくさんいるのにも気が付きました。
入院していた時に母親の友人達は母親のことはもちろん心配
してくれましたけど、それ以上に私のことも心配してくれま
した。毎日のように「ちゃんと食べなさい」と言って仕事に
出かける前の早朝におかずを持ってきてくれたりしました。

他の人も書いてましたけど、一番辛いのはお母様自身でしょ
う。少しでもたくさん一緒にいて、たくさんおしゃべりし
て、時には泣いたっていいじゃないですか。私は自分自身が
変になりそうなとき・不安に押しつぶされそうな時は敢えて
気持ちをストレートに出してしまってます。一度お風呂など
で思いっきり泣いてワンクッション置いてからですけどね。
この方法が良いとは限りませんが、気持ちを抑えすぎること
なくお母様の助けになってください。

友達に話す時には神経を使った人もいます。でも、神経を使
わなければ話せない人には言う必要もなかったのかな?とも
思います。何も考えないで素直に話せる人だけに話すのはど
うでしょう?相手に答えは求めなくてもいいのでは?私は聞
いてくれるだけでも充分でした。みんなに話す必要はありま
せんよ。

長くなってしまいましたがお互い、頑張りましょうね。

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  できることから・・・

とまと太郎
2004/02/13(金) 01:15

makoto1さん、みなさんのレスで励まされますね。
私は父を別の病気で10年前に亡くしました。
その時は母が中心で看病をし、姉が仕事をしながら手伝って
いました。
兄は仕事量を増やし、収入面で頑張っていました。
私は・・・末っ子で甘えていたんです。
仕事も入社したばかりで続けていましたし、おけいこも続け
ていました。でも誰も何も言いませんでした。
週に1回会社が休みの日に病院へ行き、一日中看病をしてい
ました。
1年半の闘病後亡くなってしまい、私は後悔しました。
どうしてもっと一緒にいなかったんだろうって。
そして現実として受け入れることがなかなかできませんでし
た。家族は私が父といちばん仲良しだったので、弱っている
父を受け入れられないだろう、父も私にはあまり弱い部分を
見せたくないだろうとの判断で、日常とあまり変わらない生
活をさせてくれていたようです。
私は父が亡くなった後、1ヶ月は心からは笑えませんでし
た。
こんなに悪いことを前提に書いてごめんなさい。
でも一緒にいる時間が何よりです。
お母様と少しでも一緒にいてあげてください。それはきっと
makoto1さんの為であると思います。
辛いときは素直に誰かに辛いと口にしてくださいね。
少しだけど楽になりますよ!
あまり良いアドバイスができなくてごめんなさい。
でも無理せず、頑張ってくださいね!応援してます♪

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